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パラグアイにおける神様と真の父母様の勝利ニュース

26 4月

 

パラグアイに祝福家庭知事誕生

パラグアイで偉大な歩みが始まった

2013年4月21日、パラグアイは同時に行なわれた大統領選挙と知事選と国会議員の総選挙でリリアン・サマニエゴ女性党首が率いるコロラド党が大勝を収め、政権交代を成し遂げた。コロラド党のカルテス大統領当選者は、約10%という大差で圧勝した。コロラド党は、45人を選出する連邦上院議員選挙においても、少なくとも25人の当選者を輩出することが期待され、パラグアイ憲政史上最も多くの上院議員を​​輩出し、80人を選出する連邦下院議員選挙においても圧勝が確実視されている。特に、コロラド党は17人を選出する知事選挙においてなんと15人の知事を当選させた。

コロラド党は、5年前までもトラックでお金を運ぶ政党(腐敗政党)というハンナラ党のような腐敗政党としての烙印を押され、国民の信頼を完全に失い、60余年にして、左派政府に政権を譲った。しかしコロラド党は、リリアン・サマニエゴという決断力のある清楚な女性上院議員を​​党の代表に立て、5年の間、苦心の歳月を送った。リリアン議員がコロラド党代表になったのは、2008年にパラグアイで開催された国際行事の組織委員長を務めたときである。この時、彼女は行事を主催したNGOの可能性に目覚め、その後、彼女の信念は変わらなかった。過去5年間、文顯進議長は彼女の厳しい政治経歴において最も力強い指導者であり精神的後援者となり、リリアン議員は南米で議長の平和運動を支援する最も大きな助力者となった。リリアン議員は以前、真の父母様に会い、心から父母様を尊敬してきた人物でもある。

今回の大統領選挙における政治的勝利者はリリアン議員であると言える。彼女は国家の発展と党の勝利のためにきっぱりと退いて、キングメーカーの役割を引き受け、カルテスという新人候補を立てる政治的冒険を敢行した。彼女の冒険は大成功を収め、上院議員にも再選され、上院議長として有力視されている。リリアン議員は韓国の朴槿惠大統領を連想させる。偶然の一致ではあるが、リリアン議員も独身である。違う点があるとすれば、彼女の弟は現在、パラグアイの首都アスンシオン市の市長であるという点である。

今回の選挙において、統一家が喜ばなければならないことは他のところにある。

それは、17の州で構成されているパラグアイの中でも最も貧しい地域であり、後進地域でもあるアルトパラグアイ州のマレネ・オカンフォス氏が圧倒的な票差で知事に当選した事件である。マレネ氏は祝福家庭であり女性食口である。パラグアイの州知事は、上院議員や下院議員よりも政治的に影響力のある立場である。そしてマレネ氏は、17人の知事の中で当選した唯一の女性である。今回の当選で、マレネ氏は一躍リリアン上院議員と共にパラグアイで最も影響力のある女性政治家として登場した。今回の選挙でマレネ氏が支援している州議会議員候補者も全員勝利し、マレネ当選者は安定した州議会運営ができる基盤を確保した。さらに彼女と共にランニングメートとして出馬した議員も当選した。

マレネ氏は、アルトパラグアイ州で、あるNGOの社会奉仕代表を務め活動してきた。したがって誰もがこの勝利をNGOの勝利と見ている。彼女は当選の祝賀会をNGOのオフィスの前で行った。マレネ氏はすでに、自分が当選すればNGOと協議を結んでNGOが運営するシンクタンクがアルトパラグアイ州の運営に参加することを決意していた。 8月15日、彼女が就任すれば、今後5年間、私達は世界80カ国よりも面積が大きいこの大きな地域で、驚異的な変化を見ることができるだろう。

マレネ氏の勝利は、すでに天の祝福と共に予告されたものであった。長年にわたり、地元の人々はマレネ氏とNGOの献身的な努力と実績の前に目を覚ました。その地域で長年、基盤を持っていた腐敗した国会議員が自分の支持者を当選させるために様々なことをしたが、真なる変化を望む住民たちの目をそれ以上誤魔化す事ができなかった。このNGOは、これまでアルトパラグアイ州が透明性と「腐敗ゼロ」のための措置を取ることができるように支援してきた。特に、アルトパラグアイ州のすべての学校で人格教育プログラムを導入し、技能訓練(technical education)の水準向上と教育インフラ構築に対する中央政府の投資拡大を得るため、民間レベルで着実に努力してきた。そのほかにもこのNGOは、医療、環境、安全などの分野でも、州政府と共に仕事をしてきた、ビジネス分野で有力な人々の戦略的な協力を得て、この地域への投資と雇用を提供するよう努力した。

このような勝利は、長年にわたる真の父母様の投入と国家的メシヤ達の精誠、そして2008年以降訪れたパラグアイの摂理的危機を賢明に解決した顯進議長とNGOチームの努力の結果である。

真の父母様は、2001年にパラグアイ川沿いの、ブラジルの国境と向き合う膨大な地域の土地を購入された。この土地のほとんどは、パラグアイの東北部に位置するアルトパラグアイ州にあるプエルト·カサドという町を取り囲んでいる。この膨大な地域の一部は、家畜を育て、農業を営むのに最適な土地である。数十万ヘクタール全体が豊かな森林地域であり、自然の生態系がそのまま保存されている。ジャガー(アメリカヒョウ)、ピューマ、タピール、鹿、キツネなど様々な種類の動物が生息しており、数百種類の鳥はもちろん、多くの種類の魚が川や湖に生息している。そして、地下には鉱物資源が豊富にあり、パラグアイの指導者は誰でも、この地にあるチャコと呼ばれる地域に、パラグアイの未来がかかっていると述べている。

ところが残念なことに土地を購入した後、ある期間が過ぎてこの地域に問題が発生した。プエルト·カサド市を中心に築いてきた農場と施設、真の父母様の公館は「プロティエラ」(土地を望む者)と呼ばれる腐敗した不正な居住者のグループに占拠され、私達の関係者は、完全にその地域から追い出された。プロティエラグループは、パラグアイの極左勢力の支援を受けていた。最初、私達を歓迎していた先住民のほとんどは「アンチMoon」に転じ、パラグアイでの統一運動のイメージは地に落ちた。結局、政府に52,000ヘクタールを没収され、何百万ドルの訴訟と共にすべてを失うかもしれないという危機に直面することになった。このような事件が発生した原因として、私達の地域基盤の管理不足と経営上の誤りもあった。

このように状況が悪化し、真の父母様は2008年に顯進議長にパラグアイの問題解決をするよう指示された。詳細についてはここでは言及することができないが、議長は、2008年初めからパラグアイにおける劇的な変化を生み出した。パラグアイ大統領との交渉を通じて、大統領の視点を変えた。同席していたニール·ブッシュ(ブッシュ元米国大統領の息子)がびっくりしたほどであった。パラグアイの最高指導者は、顯進議長を通して真の父母様と統一運動への懸念をきれいに洗い流すことができた。顯進議長は、国家指導者と国民の心をつかむために、チャコ地域でパラグアイで最も影響力のある家庭の2世を連れて、5日間にわたるキャトルドライブ(牛の群れを移動させること)プロジェクトを直接主管した。顯進議長自身が馬に乗って引率したこのプロジェクトは、パラグアイの国民を感動させ、議長はこの勢いに乗って、2008年夏、国際行事を成功させた。このパラグアイの行事は、ブラジルから来た世界的な牧師であるフェレイラ司教を感動させ、彼はブラジルでも同様の行事を開催すると発表した後、その年の末、その約束を守った。国際会議を除くすべてのイベント費用は、フェレイラ司教の宗派が負担した。

その後約4年間、私達は、最も深刻な法的事件のすべてを勝利し、過去の問題による数百万ドルの罰金の費用を節約することができた。何よりもプロティエラの指導者に土地を寄付しろという政府命令を撤回させた。特に内部の葛藤触発による困難の中でも、着実に私達の地域の生産的基盤を作った。このような努力は、自然に地域の雇用創出につながり、現地の先住民たちによる否定的な見方を変えた。プロティエラグループが占拠していた施設はすべて取り戻し、特に真の父母様の公館を取り戻した時は、顯進議長がプエルト·カサド市を直接訪問して特別奉献祈祷を再びされた。

この4年間、私達は非営利の分野でさらに注目すべき成果を収めた。顯進議長が立てられた平和運動は、パラグアイ全体に影響を与える最も成功した運動となった。特にこのNGOがこの国最高の知識人たちを集めて創設したシンクタンクは、国家発展の青写真を提示する最も重要な民間団体となった。このシンクタンクに所属する知識人たちは、一人一人がそれぞれの分野で最も優れているだけでなく、道徳性においても最も評価を受けている人々である。彼らの中には元最高裁判官、元中央銀行総裁、軍司令官、元教育部長官、元環境部長官等がいる。このシンクタンクはパラグアイ国内だけでなく国際的に「ラテン・アメリカ大統領ミッション」(Latin American Presidential Mission)という組織を結成して、19人の南米圏前大統領らと共に南米と北米、そして中米間の関係と協力強化を追及し、普遍的な原理と価値と夢を基にした啓発運動を広げることに貢献している。

このNGOの最大の成功の一つは、かつて私達が完全に追い出されたプエルト·カサド市の劇的な変化にある。彼らは危険を顧みずここにオフィスを開設した。そしてここ数年、暴力的で混乱した危険な雰囲気の中で、住民と先住民のコミュニティのための社会奉仕や地域開発プロジェクトを実行してきた。彼らが展開したプロジェクトの中に、コミュニティのための野菜農場、養殖場、そしてパン屋経営なども含まれている。このプロジェクトは、最も基本的な食料を提供するだけでなく、数百人の人々を雇用した。このような努力によって、2010年の地方選挙で、私達の側の人が腐敗したプロティエラ代表に勝ってプエルト·カサド市長となった。彼が市長に就任し、最初に行ったことがこのNGOとシンクタンクとの連携を結ぶことであった。この協力に基づいて、シンクタンクが投入した専門家は、市政府に「透明で汚職ゼロ(zero)」の行政基盤を準備し、運営することができるようにした。その後、プエルト·カサド市は、わずか1年で貧困と暴力、腐敗で悪名高かった都市から平和な普通の町に変わった。このような変化はパラグアイ政府にも励みとなり、2011年末、プエルト·カサド市長は国会から最も透明な地方行政を導いたとして賞を受けた。以来、プエルト·カサドに初めて道が舗装され、街灯も設置された。市内の小川には小さな橋も架けられ、今では平和が訪れた都市となった。

これまで言い表せない多くの困難が私達の中で発生し、パラグアイにも影響を与えた。内部に問題がなければ、おそらく私達は今日よりももっと大きな勝利を祝っていたかもしれない。それでも、このような複雑な状況でも、パラグアイの摂理が持続的に発展することができたのは、神様の加護であり、真の父母様が国家メシア達と共に南米全体に蒔かれた精誠の基盤があったからである。特に、あらゆる誤解をすべて被りながらも、神様の摂理と真の父母様のレガシーを守るために渾身の努力を尽くして来られた顯進議長の功労は、絶対に欠かせない。これによりパラグアイにおいて、神様の夢を中心として最高の頂上に向かった偉大な歩みが再起動される。このような時に、私達が心から真の父母様に侍って、神様のみ旨と摂理を中心として一つになれば、真の父母様が望まれた「神様の国とその義」を探し立てる日は遠くない。しかし私達が再び、軽挙妄動し過去と同じ過ちや失敗を続けて繰り返すなら、私達は長い苦難の道に戻らなければならないかも知れない。

 

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投稿者: : 2013年4月26日 投稿先 追加資料

 

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