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9)基元節は本当に統一教会人の為だけの救援行事だろうか

 

<明けの明星>

協会本部から出された基元節についての公文を読めば、これらが真のお父様のみ旨とみ言と如何に遠うかが伺える。基元節は天一国が実体的に出発するのに意味がある。お父様は死に物狂いで神の摂理に合った基元節を迎えるために努力している途中に聖和された。2013年1月13日を基元節として天と約束され、これ以上延ばすことができないという覚悟で無理な日程を消化してこられたのだ。

神のみ旨が期限に合わせて成り立たなければ摂理はそれを延長してもなされる。天の摂理は永遠不変だからだ。したがって、もしも1月13日まで基元節を成すことができなければ、切ないが私たちはそれをできるだけ早く成すために努力すれば良いのだ。私たちは期限付き終末論者ではない。問題はみ旨を果たすための真正性があるかということだ。6千年の復帰摂理をなしてきた以上、何年かが延長になるとしても天が堪える事ができない理由がないのだ。お父様はもしかしたらご自分の肉身の限界を見たときにこれ以上延ばすことができない故に日付を決められたのかもしれない。その意志を継ぐ私たちもこれ以上は延長できないという期限を決めて熱心に努力すれば良いのだ。それが神様と真のご父母様の恨を解恩して差し上げる道だ。

ところで、今教会は基元節を統一教会の食口だけの為の救援儀式にしている。自分たちだけで集まって祝福式をもう一度しようというのだ。基元節の参加条件は既存の祝福家庭で、120日間の精誠を完了して、一定の献金を納めた統一教会の食口というのだ。 統一教会の食口だけが集まり、基元節に参詣して、これを通じてすでに受けた救援を再確認するというのだ。

今まで韓国統一教会に入会願書を出した人だけでも60万名を越える。その中で残った人を礼拝人員として計算すれば1万7千名だ。(文亨進世界会長インタビュー参照)統一教会に入って来ても離れていき、残った2%余りの人々が天国のチケットを受けとる式に基元節が変貌したというわけだ。おそらく基元節が近くなれば参加条件は献金で単純化されるだろう。献金さえすれば残りの条件は基元節以後に立てる見込みが高い。結局、中世時代の兔罪符を売ることと変わりのない基元節を私たちは目撃するようになるだろう。それは基元節が摂理の目的とは反対に万民救援の使命をあきらめる儀式になることを意味する。

期限付き個人救援を主張することは人格革命、良心革命、心情革命の道ではなく、不安な人間心理を刺激する脅迫にすぎない。少なくとも、来年1月13日に予定されている基元節は天一国建設に対する覚悟と決意を固める行事にならなければならない。

統一家指導部は最近、訓読男(カフェでのニックネーム)氏が真のお父様のみ言を整理してカフェに載せた<基元節の意味>をぜひ読んで見て熟考してほしい。

結局、すべてのことはみ言が審判するようになるだろう。

http://cafe.daum.net/W-CARPKorea/cSkJ/18611

 

 

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