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3)真のお母様の特命と顯進様の選択


2012.09.05  金慶孝

1.   のお母の特命、これが事なのか

母の愛とは、幼い子供にとって、幅の広いスカートのようなものであり、青空よりも高いものであり、青い海よりも広いものであるという。子供が帰ってきたら、食事の準備をまず先にするのが母親である。ところが、地上に一人しかいない真のお母様は、どうして摂理からかけ離れた冷酷な母親に見えるのか。
顯進様が3日の午後5時に帰国し、天正宮に来るという噂が流れた。天正宮の警護員達は皆、それが事実であると思っていた。ところが、このような噂が聞こえてくると、天正宮の警護員達に真のお母様の特命が下されたという。
「お母様の要求に顯進様わない場合は、外部の警備社を動員して、天正宮の入り口をバリケドで何重にも固めて、徹底的に防ぎなさいというお母の指示である
天正宮の警備員の中のひとりが言った言葉だ。いつのまにか噂は日本にまで渡って、顯進様が韓国に来ておられ、天正宮の入り口に警察まで出動したという話が牧会者達の間に広まった。
一方顯進様は、聖和式に参加させるが、顯進様と一た一行は入れてはならない、郭グルプは、お父様の聖和式の場所に参加しないように、リストを作成して防ぎなさい」という指示もあったという。これもまた、真のお母様が下されたものだった。
このような特命が下されたのとは反対に、真のお父様が清平に戻り、亡くなられる最後の瞬間まで、誰一人、顯進様に連絡してこなかった。死期が切迫して、ド•スンヨン氏がユ•ギョンウィ会長に、お父様の状態が難しい、早く顯進様が帰って来られる方が良いようだと携帯メールを一回、送ったのがすべてだった。真のお父様の聖和を正式に知らせてきた人もいなかった。真のお父様の聖和式について相談してきた人もいなかった。数日後、顯進様の法的代理人に選定されたユ•ギョンウィ氏が、石俊昊協会長との電話で、お父様が聖和されたにもかかわらず、顯進様には、どうして連絡もしてこないのかと尋ねたところ、帰ってきた答えは、ド•スンヨン氏が、携帯メールを送信したではないかということだった。
どうしてこんなに冷酷なことができるか。

2. 顯進様の選

清平の人達と教会の指導者達は、顯進様の家庭が帰って来ないことを願っているようだ。彼らが本当に望むならば、これ程まで誠意のないことができるはずがない。正直、私達が信じて仕えてきた方々が、本当に真の家庭なのかと疑いたくなる。この世の多くの一般家庭でも、これ程まではしないだろう。
このままでは、真の家庭の実の長子、実の孫、実のひ孫が、真のお父様の聖和式に出席することは、水に流されたも同然だ。真のお母様の意志は明らかである。天正宮に来るためには、まず、真のお母様の指示に従わなければならず、第二に、顯進様について来た人々をすべて捨てろということだ。そうすれば、聖和式にも出席させてあげるし、真のお母様の下で、地位もあげるという意味なのだろう。まるでイエスの三大試験を連想させる部分である。
条件を出されたので、今度は顯進様が選択し、決定しなければならない。
私の知る限りでは、顯進様は誰よりも真の父母様と真の家庭の天宙的な価値を大切にし、どんなに教会が困難な状況でも、その価値を最後まで守ってきた方だった。過去3年間、兄弟達と教会の指導者達が、摂理的にも原理的にも間違ったすべてのことを、真の父母様の名で行ってきたことを、顯進様は絶対に認められず、その責任を、真の父母様に絶対に負わせないことを明らかにした。指導者の過ちにより、最終的にすべての責任を負わなければならない真の父母様を見つめながら、本当の親孝行の道理とは、その荷物を親に負わすのではなく、子がきれいに整理して、その上に、再び親を迎えることであると、去る8月11日、食口の前に宣言された。
したがって、摂理的にも原理的にも正しくない指示は、たとえ真の父母の名で下されたものでも、神様を中心とし、絶対に相手にしないということが、現在、顯進様の決然とした意志である。このような顯進様に、真のお父様の聖なる聖和を前に、選択をしなければならないとすれば、果たしてどのような決定を下さなければならないのか。聖和式に一度出席するために、神様のみ旨をあきらめなければならないのか。神様の摂理を成して、真の父母様のレガシーを守ろうと命を懸けた兄弟達を捨てなければならないのか。
誰が私の母であり、私の弟達なのか。
誰でも、天におられる父のみ旨をなす者が、私の兄弟姉妹であり母である(マタイ12:46-50)
2千年前のイエスの叫びが、その答えを物語っている。
真の家庭の伝統を引き継いでいる顯進様の家庭の3代が、真のお父様の最期を看取ることができず、聖和式さえ参加できず、その聖和式を主管できなければ、果たして聖和式に神様が共になさるのだろうか。真のお父様はその場で霊的に、平安でいらっしゃることができるのだろうか。いくら華麗に荘厳に段を飾り、数万の祝福家庭をすべて動員したとしても、長子三代が不在の聖和式は、摂理的にも失敗した聖和式に違いない。

 

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