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5)礼拝出席を拒否されたジョイ氏の抗議書簡

 

 

私ジョスリン・フロレンティノ・レミギオ(ジョイ、41歳)は、1987年、高校の夏休みに従兄弟のイサイアス・フロレンティノの導きにより3泊4日原理修練会に参加した後、文鮮明師ご夫妻を人類の真の父母様として受け入れ、1995年8月25日、フィリピン人の兄弟と祝福を受け、現在4人の子女を授かりました。

 

セントラル•ルソン•ポリテクニック大学(現ヌエバ•エッシジャ科学技術大学)に奨学生として入学した私は、ちょうど学舎が近くにあって、神様が私に原理講論を深く理解し、真の父母様に侍りなながら責任を果たすことができる機会をくださったと感じました。私は学舎のフルタイムメンバーとして入居し原理研究会を指導し、献身的な食口を育て、そのほとんどが1992年と1995年に祝福を受けました。

私は原理講論と真の父母様を、祖父、父そして兄弟たちに伝えたところ、故郷の村の連合監理教会の創立メンバーであった父は、キリスト論を読んで、私が統一運動に参加することを迫害し始めました。 1990年12月、卒業の3ヶ月前に、教会のリーダーであるジョイ•パガラン •フェリーオート夫人から、学業を中断して万物復帰の機動隊に合流することを勧められました。悩んだ末、神様と真の父母様に対する愛、そして祖国を思い、学業を中断することに決定しました。このため、父の迫害がさらにひどくなりました。私は3年間、父と連絡を絶つしかありませんでした。私は再び学校に戻り、家族と連絡をとりました。驚いたことに、父の態度が肯定的に変わって教会に入教し、私の家族は全員、1995年、フィリピンの配偶者と祝福を受けました。

私は卒業後、教師の資格試験に合格して、統一教会のセンターでフルタイムでCARPのコーディネーター、圓和道と統一武道の師範、母の役割、経理、講師、教会センターのリーダー、地域リーダー、協会本部の総務を務めました。私は24年前、教会に入教した後、子供を妊娠した時でさえも、摂理の一線で働いて来ました。2005年から2010年までは、東北部のルソン地域の教区長として責任を担ってきました。

2008年、第2次GPFフェスティバルのために、私達の地域は、地域レベルのGPFを、教育部、市政府、地方政府とのパートナーシップで成功裏に行いました。彼らは「神様の下の一家族」のビジョンとヌエバ•エッシジャ地域の18校のモデル学校(小学校と高校)で実施された人格教育(CBE)と奉仕学習教育(SLE)プログラムの効率性と効果に感銘を受けました。その結果、教育部の教育者150人は、2009年12月、グローバル•ピース•コンベンション(GPC)に参加することになりました。

 

一方、龍ジョンシク•アジア大陸会長は、真の父母様が「GPCと文顯進博士を支持するな」という指示を下したと公表しました。私はさらに、平和大使らにこの事実を知らせようとしました。しかし、平和大使の代表は、GPCに参加することは、フィリピンを平和の国とするために参加するものであり、国の公職者として海外の指導者たちから、最も良い方法を学びたいと思っており、他のリーダーたちもCBEとSLEのプログラムを採用したいと言いました。彼らの現地のパートナーとして、私は彼らの熱望を無視することができませんでした。

2010年1月初めの全国指導者会議の期間中、ジミー・ベルガラ氏が「GPFは真のお父様が創立したものではないので、それは統一運動の傘下組職ではなく、GPCに加担した兄弟姉妹は、真の父母様と一直線上にはない」と説明しました。フィリピンの新しい協会長であるルランド・バスイル氏は「顯進様を支持してGPCに参加した全てのリーダーは辞任しなければならない」と公式に発表しました。私は、新しい協会長に祝福家庭として、また真の家庭の拡大家庭の一員である食口として、神様の摂理の為に奉仕すべく、神様と真の父母様から受けた貴いミッションがあり、誰も私が神様から受けた公的使命を剥奪する如何なる理由も見つけることができないはずであり、私は教会と GPFのどちらの為にも働くことができると抗弁しました。しかし彼は「私が顯進様の元を去らなければ、龍会長が教会の新しい責任者を任命する」と言いました。

 

私たち夫婦は、現在のフィリピン指導部によって差別され排斥されましたが、日曜礼拝には参加し続け、献金をしながら、地域で二世教育の為に奉仕しました。

 

2011年3月20日、私の家族と5人の GPYC メンバーは、カバナトゥアンシティ教会の日曜礼拝に参加しました。お知らせの時間にジェイシー・マナバット夫人は、本部連合礼拝に参加中の牧師に代わって「龍会長から伝達された真の父母様の指示である」と言いながら、私を含め全てのGPYCメンバーは「これ以上統一教会の食口ではなく、教会内に入って来ることが許されない」と発表しました。「統一教会に再び帰って来たければ、清平で40日間の悔改めのセミナーを受けなければならない」ということでした。私は「これは真の父母様の名前を濫用するものだ」と言いました。個人的に私は「食口を破門することが真のお父様の願いではない」と思います。「あなたは、私を統一教会から除籍することができますが、私たちは祝福家庭として、そして真の家庭の拡大家庭の食口として、主人であり、あなたは真の父母様に対する私の愛と献身を奪うことができないし、私が責任分担を果たすことを阻むことができない」と言いました。そして、私の破門に関するメモのコピーを要求しましたが、彼女はそれを持っていないと言いました。

 

正直この決定は、私と私の家族にとって受け入れ難いものです。私は、これが本当に不当であり、理に適っていないと思います。これは神様と真の父母様と、私たち統一運動の伝統である真の愛のやり方ではないからです。まだ僅か9歳にしかならない私の長女は「顯進おじさんは真の父母様の息子だから、私たちが真の父母様を龍会長より愛するなら、私たちは顯進様を支持しなければならない」と言いました。

 

去る4月7日、ジェイシー•マナバット夫人は、私達のアパートに来て、私の義理の姉妹に会いました。彼女は「龍会長とマイケル•ザブラン氏が、協会本部のスタッフの昇華式の時、すでに和解したため、指示事項が変わった」と言いました。彼女はまた「自分は、自分の指導者の指示に従うだけだ」と説明しました。 4月9日、教会リーダーであるウェンシ•マナバット牧師が私達のアパートに子供たちと一緒に来て、私達がこれからも日曜礼拝に出席することを望むと言いました。私は牧師に公開謝罪を要求しました。このような事件は、本当に苦い経験でしたが、より大きな善のために生き、愛の力でそれを消化する必要があると決意しました。

 

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