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2)これ以上憶測と嘘はいけません

<申東謀会長が ‘郭珍満氏に尋ねます’という文で主張した顯進様との会合の内容に対して>[1]

 2010. 04.24   金慶孝

一考の価値もない申東謀会長の公開書信に関して文を書かなければならないので時間がとても惜しまれます。これまで‘涙’‘ケニアから思いつくこと’‘真の愛と公憤心’のような文章を通し、皮肉った言葉使いで顯進様を非難し、更には顯進様をお母様を告訴した息子として公然と表現し、現場を先導する行為を見守りながらも我慢していました。しかし、‘郭珍満氏に尋ねます’という書信で顯進様との私的な会合まで歪曲し真の子女様を誹謗する文意に対しては到底そのままほっておくことが出来ません。例え状況が緊急だからと言って、とんでもない憶測と嘘により真の子女様を毀損し全世界の祝福家庭を愚弄する行為を、祝福家庭の良心をもって、どうしてそこまで堂々とできるのかというのです。

私は申東謀会長の文の中で最初の部分に出てくる次の内容が顯進様に対する憤慨の感情を助長し読者が申会長の主張に同調するよう操作するために無理やり作りあげた主張であり嘘であるという事実をこの文を通して明らかにしようと思います。

次の文は申会長が顯進様との私的会合について記述した内容です。

顯進様はその時私を前において、(1)他の御子女様とお母様を辛辣に批判しました。更には(2)お父様までも弟らの間違った情報に幻惑され間違った判断を下し、子供が育って大人になり、霊界に行く時になれば再び心が幼い子供のようになるように、お父様はそのようなお歳だと言われるほどにその権威を無視する発言まで躊躇われませんでした。そう語られながら、(3)お父様は2013年のその目的まで喪失されるほどに摂理的方向性とリーダーシップにもはや限界があるという不適切な発言をされたことを覚えておられると思います。そう言われながら(4)その方向性を喪失したお父様の道とは違い、自分は2013年に向かう摂理的方向に焦点を合わせて、一人でもその道を行こうと思うと語られながら、(5)私に‘あなたはお父様と私(顯進様)の中で誰を選ぶのか?’と聞かれました。この長く深刻な顯進様の話の最後に私の選択を聞いた時も珍満氏は横にいました。勿論、私の答えは次のようなものでした。原理とみ言を顯進様が知っておられるのなら、お父様の道と息子の道は違うはずはなく、もし顯進様がお父様の道と違う道を行くなら大陸会長である私の使命は‘そのような顯進様を引っ張ってでもお父様の前に連れて行くこと’だと答えました。勿論、その横で非常に慌てていた珍満氏の姿、急いで対話を妨げながら(6)今日は簡単に挨拶しに来たのに余りにも深刻なみ言を語られているのではないか’と語りながら、顯進様の対話の話題の方向を変えようと努力していた珍満氏が鮮やかに思い出されます。これが公式的に同じ場で見た珍満氏の最後の姿でした。

顯進様は申東謀会長と2009年2月5日午後2時10分ぐらいから約40分ほど会われました。私がこの会合を周旋し一緒に横の席に同席しており、大陸会長就任を祝賀し激励する場でした。当時、顯進様は真の父母様がGPHA(グローバル・ピース・ホーム・アソシエーション)世界巡回をしろという指示を受けられ、その準備で大変お忙しい時間を送っておられ、申会長との会合直後にも世界巡回関連の会議が続いていました。

すでに一年以上過ぎた会合なので私は率直に当時の対話内容を詳細に記憶していません。私の記憶では申東謀会長はその会合に何らメモをしていませんでした。(写真を分析してみても彼がメモした痕跡は見えません)しかし、内容の真偽性と関係なく申会長は自分の記憶にだけ依存し、1年以上も過ぎた事をこれほどに詳細に断固とした言葉使いで記述したということは私には信じられません。

果たして申会長は顯進様との対話を秘密裏に録音していたのでしょうか。あるいは会合の後に自分の記憶に頼ってどこかにメモをしておいたのでしょうか。今や世界中に公開したこの対話の内容の真偽を自ら立証できないのならその醜い仮面を脱ぐのは難しいでしょう。

当時、私もその場に共に同席していたので、対話の内容を自分の手帳に記録しました。約10ページ分量の記録を再度読んで見ると、申会長の主張は余りにも外れていると言わざるを得ません。当時の対話の内容は一緒に同席していた郭珍満氏も幸運なことに直接自分のコンピューターに詳細に記録していました。[2] 私のノートと郭珍満氏の詳細な対話録を見ると申会長がどれ程間違ってこの対話を公開しているか、明確に知ることができます。

申会長に一抹の良心的基準を持って自らの間違いを認める勇気があれば私は喜んで自分のノートを全て見せることができますし、郭珍満氏もこれを公開することでしょう。更には宣教本部が今後、その真偽の可否を確認する勇気があるのなら、いつでもこの資料を提出できます。参考までに私が記録したノートの3~4ページ部分を公開します。(左側写真)

以下は具体的な証拠を持って申会長のねじれた視覚と嘘の主張を明らかにする内容です。

(1)   他の真の子女様とお母様を辛辣に批判しました。

私のノートや郭珍満氏が記録した対話録の内容を見ると、顯進様が他の子女様に対して否定的な見解や残念さを披瀝されたのはある程度事実です。しかし、それはどこまでも申会長と公的立場でみ旨と摂理に関して交わした対話の内容であって、個人的感情を表す場では全くありませんでした。更に申会長が主張する‘辛辣な批判’は対話のどこにも出てきません。むしろ批判の水準についてみれば、申会長のほうがはるかに露骨で具体的でした。しかし、申会長もやはりみ旨と摂理について苦悩する過程で出てきた発言であったので、顯進様は途中で心痛く対話を止めようとされましたが、心を開いてその対話に答えられました。しかし、申会長がこのように主張するのは過度の推測であり更にはお母様までそこにつなげるのは申会長の別の意図があると見ています。これは丁度彼が最近書いた文で顯進様をお母様を告訴した息子として追い立てるのと似ています。

対話録を見ると顯進様は二人の弟が摂理的な見解の差により自分に反対していることに対して、何度か率直な思いを披瀝しています。例えば“目標自体がほとんど不可能だ。唯一な機会はGPFを通するしかない。方向と主人がはっきりしているからだ。しかし、彼らは続けて反対方向に行こうとしている。競争することを願う。公正な方法でなく、組織的統制手段を全て動員している[英語で語られたみ言を翻訳]”と語っておられます。“これから3年後、何をするべきか何もでていない。統一教会、テンプルを建てるための祝福家庭なのか?あるいは、神様の摂理のための人なのか?”と語られました。

真のお母様に対して顯進様が直接批判する内容は全く語られていません。ただ、会話の内容上、何箇所かお母様の対して言及されているだけです。例えば会話の途中で申会長が“私はどんな人でも支援します”と語ると、顯進様は“そのようにだけ考えているとNaïveだ[解釈:余りに簡単に考え過ぎている]。 Reality(状況)を知らないふりをして結局支援しないことになる。私が何故このように会って話をしているかというと、南米がよくやらないといけないからだ。自分の性格を中心にするのではなく、一つの道がある。そして私の経験から話すと、これまでの3年間、最後まで反対した。ずっと。申東謀も感じることだろう。何故、力をもっているのか。お母様が背後にいるから、大陸会長になってこのような世界に入ってくるので話してやるんだ。”と率直に感想を表現されました。会話の後半になって、申会長は“一番上のお兄様なので十字架を背負って行ってください”と語ると、顯進様は“私は兄の役割をしようと思ったが父母様が私の命を切った。私は父に語った。このようにすれば家庭もなくなり全体の基盤もなくなるだろうと”と語られました。申会長は“基盤は顯進様が守られると思って…”と語ると、顯進様は“弟たちはお母様を中心にお父様がおられなければ私を追い出すだろう。見てみなさい。一度このようになれば、自分たち同士で争うことになるだろう。このようなことを全部知っているので真の家庭を守ろうとした。12人よりも、このコンセプト、神様と観点を合わせないといけない”と語られました。

余りに心痛むみ言であるため、その内容を記録することすら出来ませんでした。聞いても耳で聞いただけで聞き分けられる内容であり、真の父母様と真のご家庭に侍って行く指導者であればある程、もっと自らを自責して責任感を感じるべき内容でした。しかし、お母様まで引き込んで“辛辣に批判”したと審判するとは理解に苦しむのです。申会長は天一国裁判所の検事にでもなったつもりなのでしょうか。申会長の文は遊天宮事件に続いてもう一度、真の家庭と祝福家庭の心情深く太い釘を打つ行為です。

(2)   お父様までも弟らの間違った情報に幻惑され間違った判断を下し、子供が育って大人になり、霊界に行く時になれば再び心が幼い子供のようになるように、お父様はそのようなお歳だと言われるほどにその権威を無視する発言まで躊躇われませんでした。

申会長は大変無責任で危険な発言をし、これは彼の信仰と人格まで再度調べて見なければならない中傷謀略のレベルです。私のノートや郭珍満氏の記録のどこにもこのような内容は出てきません。類似した表現すらありません。申会長は会話のどの部分でこのような内容が出てきたのか、はっきりと説明する必要があるでしょう。

(3)   お父様は2013年のその目的まで喪失されるほどに摂理的方向性とリーダーシップにもはや限界があると言うような不適切な発言

‘言った’ではなく、‘言うような’ですか。これほど無責任な発言で真の子女様を讒訴する見るに見かねる文を書いているとは、一つの大陸で真の父母様を代身する地位にいる人として彼の資質は大変疑わしく感じられるばかりです。

顯進様は会話の最初の頃にはっきりとした韓国語で“お父様は命を掛けられている。2013年1月13日まで天一国を建てると命を掛けた。アベルUN、今や父母UNを作っている。私がGPFを中心に基盤を作ったが、2008年大きな勝利を収めても私たちはこの下におり、目標はあの上だ。このぐらいだけ上がった。しかし、それでも人々は驚いたではないか”と語られました。

1月30日、顯進様はシアトルでのUCI年次会議の訓読会を終え、み言を続けることができない程に涙を流し、次のように‘語られたことがあります’(平和メッセージ5章の訓読が終わりましたが、顯進様は言葉なく泣いておられました。しばらくして、すすり泣きながら次のようにみ言を続けられました。以下の内容は英語のみ言を翻訳したもの)

“これ(国家復帰)は後天時代が要求する期待です。2013年1月13日、お父様は神様に奉献されようとしています。皆さんはその時まで神様の実体的な主権を代表する国が実現されると考えますか。一つ皆さんが理解できないことは、お父様は神様に対して責任を持っておられるということです。2013年に関してお父様が宣布されたみ言は人類にだけされたのではなく、神様にもされたのです。誰がこの事情を知っていますか。これが摂理の最後であるなら…(すすり泣かれる)再臨主を迎えるために2千年間準備した全ての事情、全ての基盤と宣布を通してなして来られたお父様の人生と約束を、これら全てのことがお父様の人生の最後に成就され、神様と人類の前に約束されたことが全て、なされる栄光を受けられなければならない時になるべきではありませんか。誰がこの事情を理解していますか。これが自然になされると考えていますか…(涙の中で続けて語られる)お父様のみ旨をなして差し上げるために命を掛けている指導者がどれ程いますか。誰が今、お父様を守って差し上げていますか。お父様は神様と人類の前に堂々とされることが出来るように、誰がお父様を保護し国を探していますか。(すすり泣かれる)私の息が続く限り、私はこの道を辞めません。どんな事があっても私は行かなければなりません。(顯進様は激しい慟哭でそれ以上み言を続けることができない)”

このみ言に本当にみ旨と摂理、特に2013年までの目標について心を痛められる顯進様の忠孝の心がよく表現されていると思います。申会長との会話で顯進様ははっきりとこのような観点で申会長に語られましたが、申会長は自分の屈折した角度で顯進様の忠誠心をむしろ歪曲して捉えているのです。

顯進様は“お父様は命を掛けている”という会話に続いて次のような内容を英語で語られました。

“それ(GPF)で勝利したが、まだ準備ができていない。私たちの統一教会がすべての教会を奪ってしまうなら、争いが起こるだろう。私たちが宗教指導者らの基盤を築くことが出来た理由は、私たちが教会という枠組みから抜け出たからだ[韓国語に翻訳]”“国家を探そうとすれば、教会だけを中心としてはだめだ[韓国語で語られる]”

統一家の指導者と食口なら“今果たしてこのまま行って2013年までみ旨がなされるだろうか”と一度でも心配しない人がどこにいるかというのです。申会長は顯進様が現在の統一運動の状況に対して心配されたことに関して“お父様の摂理的方向性とリーダーシップに限界がある”というように批判する前に、その会話の中で、申会長自ら、二人の弟のご子女様と更には仁進様までも含めて、彼らの教会政策と方向性に対してどれ程批判的な言葉を語ったかをよく考えて見なければなりません。

私は今もあの時の申会長の発言がみ旨のための忠誠心からであって、お父様に対して否定的であるとかご子女様に対して否定的であったとは信じたくはありません。その日の午後、顯進様は私に申会長に関して聞かれた時も、私は“自分の命を失っても全体の真の家庭のために話すことが出来る人”だとお話ししました。[3]. 顯進様も申会長の忠誠心を心から理解しようとされました。ですから顯進様は一度もその時の申会長との会話に対して問題にされず、私や郭珍満氏も同じ立場でした。そうであるなら、1年も過ぎた状況で変わった人は誰でしょうか。

(4)   その方向性を喪失したお父様の道とは違い、自分は2013年に向かう摂理的方向に焦点を合わせて、一人でもその道を行こうと思う

顯進様は申会長との会話で一度もお父様が摂理の方向性を喪失したと語られておらず、私の記憶をたどっても他のどんな場でもそのような言葉を口にされたことはありません。全てのことを全てお父様の指示とみ言をくっつけて説明する今日の教会の状況で顯進様までこの混乱した状況の責任にお父様を引き込むと考えないで下さい。

顯進様は南米を必ず訪問して欲しいという申会長の願いに対してシアトルでのみ言のようにみ旨に対する決心を流暢ではないけれどもはっきりとした韓国語で次のように申会長にも示されました。

“私は神様に約束したので、守るつもりだ。摂理が[摂理のために]先頭に立つつもりだ。続けてこのように息が詰まるようにすれば、ずっとそれをacceptすると[見ているだけだと]考えるな。私は天の前に責任を果たすつもりだ。私はGPFの基盤を立て続けて、国家を探さないといけない。国を探すことは容易いことではないが、パラグアイも動いた。ブラジルもペレイラ司教を中心に動かすことができる”

顯進様は一度も自分の意思に合わせてこの道を行くと語られたことはありません。いつもみ旨と摂理的方向に自分を合わせて来られた方です。しかし、むしろ申会長や顯進様を攻撃する何人かの人達はこのような顯進様の決意ですら周囲の人達が駆り立ててなったこととして蔑視して来ました。しかし、み旨に対する顯進様の命を掛けた決意に感動し神様と真の父母様に対する忠誠心を心から理解している指導者と食口も多いということを申会長ははっきりと知るべきでしょう。

(5)   私に‘あなたはお父様と私(顯進様)の中で誰を選ぶのか?’と聞かれました。この長く深刻な顯進様の話の最後に私の選択を聞いた時も珍満氏は横にいました。勿論、私の答えは次のようなものでした。原理とみ言を顯進様が知っておられるのなら、お父様の道と息子の道は違うはずはなく、もし顯進様がお父様の道と違う道を行くなら大陸会長である私の使命は‘そのような顯進様を引っ張ってでもお父様の前に連れて行くこと’だと答えました。

私はこの部分が本当であるのかを私のメモと郭珍満氏の記録を通して確認しながら激しい怒りに耐えねばなりませんでした。この部分に対する対話だけは私もはっきりと覚えているので、誰かに申会長は所信があり意志の固い人だという感想を披瀝したことがありますが、内容をこれほどまでも歪曲するとは…カープ時代に共に汗を流した同士がどうしてこのようなことをすることが出来ると言うのでしょうか!申会長のせいにするというよりもこの心痛い現実が恨めしく嘆かわしくて涙が溢れます。

顯進様は一方的に自分の主張を長く語られた後、会話の最後にお父様と息子のうち誰を選択するのかを強要したというこの発言は、摂理歴史における最も大きな嘘であり、申会長の貴い公式生活において消すことが出来ない汚点として記録されるでしょう。

私はこの部分だけははっきりとしなければならないので、前後の会話の内容を顯進様の韓国語表現そのまま公開しようと思います。

申会長: 私は言われたからといってだたする人ではありません。切られれば切られるだけでしょう。私は執着しません。心の中にある語るべきことを語って、責任を持って。

顯進様: 人は皆そのように語るが、今見ると勇気がないように見える。どれ程ひどい真の家庭の間違いを知ってはいるが、何も話さない。胸が詰まる。私はずっと一人でいた。特に申東謀がそのような人だというのなら、見てみよう。しかし、私は統一教指導者を見る時、勇気がない人が多いようだ。

申会長: 私は祈祷がそうです。

顯進様: 今は摂理も忘れたようだ。神様の前にみ旨を忘れたようだ。国もなく、アベルUNも立てられないで。そのために胸が詰まるのだ。

申会長: 今回、南米に頻繁に来てください。

顯進様: 南米には最近、余り行きたい気持ちはない。

申会長: しかし、お父様のように動かれるべきでしょう。

顯進様: これから私がお父様と大きく争うことになればどうするか?

会長: 父様の側に立って, 顯進様に侍って行くつもりであり、生きておられる間に孝行されるようするつもりです。

顯進: 孝行が何か観点が違う。

この会話は“長く深刻な顯進様の話の最後に” 出たものではなく、対話が始まって5分もしないで出てきたものでした。更に選択を強要されたのではなく、南米を訪問してほしいという申会長の要請について心配される質問でした。申会長は私のように何かにメモをしたとか会話の直後にでもその内容を記録しておいたら、決してこのような危険な主張を記憶に頼って無謀に自分の公開書信に載せなかったでしょう。

果たして、申会長は“今後私がお父様と大きく争ったらどうするか”という会話の最初の部分で出た質問を、お父様と私の中で選択しろという意味で、その時受け取ったでしょうか。私の手帳には“お父様と大きな争いがあれば、どのようにするか”と顯進様の意図を解釈して書いていました。その時、申会長は私が覚えている限りでは、はっきりと短い語調で顯進様に侍ってお父様について行くと答えていました。申会長の文に出ているように蛇足をつけて表現したのではなく、厳しい表情で答える場の雰囲気でもありませんでした。

顯進様はすでに2008年度から今後GPFを中心に摂理的なメッセージを持って進んでいく時、周囲の反対と影に隠れて人を害することでこれがお父様との葛藤として映ることに対して大きな心配され、このために南米6ヵ国ツアーに出発される前の2008年3月、お父様に捧げるために長文の手紙を書かれた事があります。

このように積極的に南米を訪問して欲しいという申会長の要請を理解しながらもこれがお父様との対立として映るのではないかと心配されてほとんど自問されるように投げかけた質問一つを持って、引用文の表示までつけながら実際に語ってもいない表現で“あなたはお父様と私(顯進様)の中で誰を選択するつもりか?”という質問を受けたというとは。

(6)   今日は簡単に挨拶しに来たのに余りにも深刻なみ言を語られているのではないか’と語りながら、顯進様の対話の話題の方向を変えようと努力していた珍満氏が鮮やかに思い出されます。

当時、申会長は“ご挨拶に来ました”という言葉に顯進様は“最近は考えなければならないことが多く、人に余り会いたくない。今後、摂理的な道があるか。神様にお願いしなければならない”と語られるほどに静かにしておられたい心を伝えられました。しかし、申会長は静かに御挨拶をしてその場を離れるというよりは、全体的な状況と顯進様の複雑な心境は気にもせず、顯進様を刺激し続けました。申会長は南米に対する主題から離れて躊躇うことなく、仁進様の礼拝の問題、天福宮問題など、敏感な内部事情に関してまでも批判的に話を拡大しました。実際、顯進様は“そのような話はするな。南米に行って一生懸命仕事をして”“さあ、もう話はやめよう。このようなものだと知って一生懸命しなさい”というみ言で途中途中、み言を終えたい意志を示されたのにも関わらず、申会長は言葉を続けて行きました。

当時、郭珍満氏は申会長の向かいで対話の内容を忠実に記録しており、私は申会長のすぐ横に座っていましたが、二人は顯進様と申会長との会話が終わるまで介入しませんでした。会話録をみると解りますが、二人の会話の間に言葉を差し挟むこともなく、それほどの深刻な会話でもありませんでした。更に郭珍満氏は会話自体をタイピングしていたために物理的にも不可能でした。しかし、一体、申会長はどんな確信を持って郭珍満氏の言葉も引用表示しながら、このように断定的に表記しているのか解りません。

文を終えるにあたって

最近誰かが、私にこれ以上、‘甘言利説(自分に有利に相手をたぶらかす言葉)’で人を幻惑するなというメールを送ってきました。800万ドル訴訟もあるので体を気を付けたほうが良いと助言をしてくれる人もいます。しかし、4月1日、申会長が書いたこの文は、アメリカ各地で組織的にまかれ始め、アジアでは4月10日、ヨンジョンシク会長が英語で翻訳した彼の文を主要指導者に流しており、しまいには申会長自身が4月13日直接400人以上の韓国指導者及び食口に、この文を無差別的に発送しています。

その後、10日余りが過ぎました。とんでもない憶測と嘘で顯進様の人格と孝行心が無惨に踏みつけられている間、私たちは徹底的にこれを傍観しました。先日の遊天宮事件と同じです。一方では、所信を披瀝すれば、即解雇措置をすると共に、更には公文を通して除名の可能性までちらつかせ、他方では、うそまで流して、これを幇助するとは、真実を知っている祝福家庭としてどうしてこれを黙って通り過ぎることが出来るでしょうか。

顯進様は荒唐無稽な主張で書かれた彼の文中の序論の内容によって転落させられ“虚構の箱の中”に閉じ込められた方として愚弄されているのを見て、良心を持った祝福家庭としてどうして忍耐しろというのでしょうか。

これが今日、再び私がペンを執った理由です。

大韓民国 ソウルで

金 慶孝

Email: ○○○○day@gmail.com  / Blog:  http://montana2013.tistory.com


[1] 私は 4月 3日、ユンギョンジョン氏(文仁進会長補佐官)が申東謀会長が書いた‘郭珍満氏に尋ねます’という書信を私に電子メイルで送り、この文を初めて読みました。

[2] 私は会合が始まってから少し時間が過ぎて、数枚の記録写真を撮ったため、この写真に写っている郭珍満氏のコンピューターを拡大して判読した結果、郭珍満氏が最近私に提供した対話録の最初の部分と完全に一致していることが解りました。

[3] 2009年2月 5日 3:51 pm 対話録

 

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