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1)UCIブラジル農場関連訴訟の勝利報告



非倫理的な弁護士アントニオ・アウグストに対する仲裁裁判での勝利

 

2010.07.12  UCI

真の御父母様のビジョンを中心として、全世界の祝福中心家庭の熱心な献身によって 1995年から始まったニューホープ(新しい希望)プロジェクトは、多くのリーダー達の苦労により摂理的重要な里程標を多く成し遂げ、食口たちに新しい希望を与えてきた。 しかし、農場に対する管理不足と責任を任せられた韓国のリーダーが、現地の法律と文化に対して正しく理解することができなかったことにより、多くの問題が発生し、家庭連合(AFUPM)の存立を危うくする状況にまで至るようになった。この報告書では、その中でも最も難しい問題であった極度に非倫理的な弁護士アントニオ・アウグスト・デ・ソウザ・コルホに対する訴訟での勝利の意義と今後の課題を中心として説明することにする。

 

仲裁裁判勝利の意義:ブラジル家庭連合農場に対する所有権回復

2年近くかかったアントニオ氏との農場所有権に対する仲裁裁判の最終判決が 、2010年 7月 7日にブラジル・サンパウロで下された。 この仲裁裁判を勝利することにより、ブラジル農場問題の中でも最も難しかった問題をUCIが解決したことになり、これは偉大な勝利であると言える。 今回の判決により、家庭連合の農場の半分を奪おうと試みた非道徳的なアントニオ氏から、その全てを取り戻したという点で、驚くべき成果と言える。

今回の判決で明らかになった主要決定事項を見ると

第一、家庭連合とアントニオ氏との間に締結された契約は、取り消し不可能な委任状をアントニオ氏に交付したのではなく、提携(partnership) 協定である。

第二、その契約が有効であるとしても、双方に契約違反がある。すなわち、アントニオ氏は売却金を支払わず、誠意を持って行動せず、土地売却のために当然要求される勤勉性が不足していた。家庭連合も、この契約の拘束を受ける土地を、他の第三者に担保として提供することで契約に違反した。

従って、このような双方の契約違反行為により、双方ともに契約以前の状態まで回復しなければならない。すなわち違反された契約を根拠として土地を売却したことは無効であり、第三者にさえ何らの効力を持つことができない。

仲裁裁定の手順と進展状況

仲裁裁定は、紛争解決の代替手段の一つであり、法廷外における紛争解決のための法的手段である。そこでは、紛争当事者は、3人の仲裁人に問題解決を委託し、仲裁人の決定に従わねばならず、上訴はできないことを合意する。当事者双方は、2008年に予備弁論を提出した。2009年2月にサンパウロで仲裁者を前にした審問があり、両者は家庭連合の農場と責任分担に関する契約の正当性をめぐり、証拠と弁論を発表した。2009年末までに両者は最終弁論を提出し、2010年4月、仲裁人は綿密な審査の下で最終的結論を出し、2010年7月にそれを発表した。

 

 

 

 

 

 


ニューホープ(ジャルジン)プロジェクトの歴史

真の御父母様が、第36回真の父母の日である1995年旧暦 3月1日に、全世界の食口達が真の御父母様の勝利の基台を相続して、子女による責任分担期間である第2次 40年路程の出発を宣布する ‘サンパウロ宣言’を発表された。これに対する具体的な実践方案の一つとして、理想的な社会及び理想的な国のモデルを提示するための措置として、ブラジルのニューホープファームで、 1995年 4月 3日夜明け 5時に、 世界 160ヵ国を代表したリーダーたちの前で、 ‘ニューホープファーム宣言’が発表された。

真の御父母様のビジョンを中心として始まったブラジルのニューホープ(ジャルジン)プロジェクトは、 1995年から現在まで約 15年間、幾多の紆余曲折を経験しながら継続されて来た。 このプロジェクトは金ユンサン院長の指揮の下 で開始された。

大部分の土地が、この時期にブラジル家庭連合 (AFUPM)の名義で購入された。金院長はお父様の指示に従って、できるだけ多くの土地を購入した。しかし、土地の購買過程が秩序正しく進行しなかったことにより多くの問題が発生した。その問題とは、第一に、土地の販売者が巧みに市場価格よりずっと高い価格を提示したこと、第二には、土地の本来の正式な所有者でない人々から購買して代金を支払ったこと、第三には、購入した土地に対する正式な登録を怠ったこと、などである。いまだに購入した土地の権利書が正式に移譲されておらず、従って登録もされていない土地もいくつか残っている。このようにして約 3千5百万レアルを投資して購入した農場が、全体で 50個以上になり、広さにして 9万ヘクタール 以上(約222,300エーカー)に達した。

 

家庭連合の農場の窃盗に至る歴史

2000年 9月21日にブラジル政府は77,232 ヘクタール(約190,000エーカー)の国立公園造成計画を発表して、家庭連合の土地を没収するという通報をして来た。ここに含まれた農場は合わせて10箇所で、面積は合計して約 2万4千ヘクタール(約59,300エーカー)に達した。

2003年にはブラジルの税当局から農地財産税に対する最初の罰金召喚状が出された。その理由は、登録上の書類のいくつかを提出しなかったことであったが、その書類とは、人工衛星を利用した地質調査に関するものと、農地の一角における永久法的保護区域の宣言に関する書類であった。当初はジャルジン・プロジェクトの責任者たちが、この高額の税金のかかる理由をよく理解できず、対応することを怠った。継続的な通知を受けてから、その原因に関していくつかの会議がジャルジンでもたれた。しかし、税金の理由について理解した後も、地質調査に対して支払う資金源も、税金を払う資金源もないという理由で、支払いはされなかった。この件に関して税当局に対しては何らの公式的な弁論も行われず、後続の通知もただ無視され続けた。

そうこうする間、2006年6月には、税務政府が私たちの 農場8箇所に対して2千5百万レアル(米ドルにして約千4百20万ドル)の罰金と利子を賦課して来た。土地がまともに活用されていなければこうした税金と罰金は極度に増えていくようになっている。税当局は、家庭連合に問題を解決し、地質調査その他の必要な書類を提出するための1年間の猶予期間を与えた。それが完了すれば、その後罰金と利子は取り下げられるはずであった。

アントニオが、シモン・フェラボリ(当時ブラジル家庭連合会長、また現在も会長)とエディバルド・ルイス・フランシシネリにより、これらの問題及びその他の未解決の問題を解決するためにジョア・ユリアス(当時のジャルジン・プロジェクトのディレクター)に初めて紹介されたのは、この国立公園と農地財産税をめぐっての混乱の真っ只中にある期間であった。エディバルドは以前にも関係を持っており、後になってから、アントニオ弁護士のパートナーとして働いていたことがわかった。

アントニオは 、2006年 11月14日、ジョアに以下の内容で提案書を出した:

  • 家庭連合を代理して、没収される土地に対する政府補償金確保のために政府を訴える。
  • 弁護士料は、政府から得られた補償金額の10%とする。

 

ジョアはこの提案書にサインしたが、ジョアのサインだけでは拘束力がないとアントニオに説明した。そしてこの提案書に対しサンパウロの家庭連合の会長から承認を受けなければならないと説明した。しかし、その時点では提案書に対して何の決定もされなかった。

それとともに 2006年11月から 2007年 1月の間に、一部の農場がアントニオとエディバルドに対し非常に安く賃貸された。安く賃貸した理由は、私たちの農場が購入された後に放置され非生産的だったので、政府はこのような非生産的な土地に対しておびただしい罰金を賦課しているが、この二人が家庭連合を助けて、この土地を賃貸して生産的な土地として活用しようということだった。賃貸された土地はフィゲイラ(Fugueira), タボキナ(Taboquinha), コベルロ(Curvelo)とリオブランコ(Rio Branco) 農場であり、これらの農場にあった約2,000匹以上の牛と 1,100匹以上の子牛も含まれ、それをこの二人が管理して利益は折半するということであった。しかし、契約した通りの農場借賃は最初払われただけで、しかも賃貸された牛もすぐに売り払い、しかも連合に対してはなんの補償もなかったのである。

このようなアントニオの陰謀をまともに把握することができなかった状態で、韓国のリーダーと当時ジャルジン・プロジェクトディレクターであったセザル・ザドスキ (Cezar Zaduski)、そしてブラジル家庭連合は、アントニオの説得を受け入れ、2007年5月にはついには彼が準備したもう一つの契約にサインをするようになる。

アントニオは家庭連合を代理してすべての問題を解決すると書きながらも、自分にだけ有利な条件で契約書を作成した。契約書によれば、彼は最高額の補償金を受けることができるように最善をつくして、その補償金により農場に賦課された負債及び契約書に明示された諸問題を解決するのに必要な経費を返済し、更に1ヘクタールあたり 130レアル (約89,000ウォン)を協会に支給するとした。アントニオ弁護士は、また国立公園の土地を、国立公園内の土地と隣接する地域の土地 (約46,000ヘクタール)と曖昧に定義し、以後、国立公園没収予定地域に含まれていない土地まで自分に渡ることを正当化する文句を挿入した。このような内容で、協会を代理して国立公園内の土地を本人または第三者に対し処分することができるという委任状をアントニオ弁護士に発給するようになった.

2007年 5月18日、契約書と共に、広範囲でありながら取り消しの効かない委任状などがディレクターであるセザルによりアントニオ宛に発行された。しかし家庭連合の定款によれば、家庭連合の理事会の承認がなければ、契約書と委任状が効力がない。アントニオは、会長であるシモンを説得して承認を要請した。家庭連合の理事会は 2007年 5月29日に契約内容と委任状に対する一部の憂慮を表明して、韓国のリーダーに対し、契約を承認するという公的宣言を出すことと、全責任を引き受けることを要求した。 6月1日に金ユンサン院長が、公的宣言にサインすることによって、同日家庭連合の理事会は契約書と委任状を承認した。

その委任状を受けたアントニオは、連合側にはほとんど報告をせずに、一方的に家庭連合の土地を自分の所有として収奪しようとする悪意的行動をした。アントニオ弁護士はリオブランコとコベルで農場を自分の名義に変更し、フィゲイラ、タボキナ、イラハモニアなど国立公園没収予定である 8箇所の農場をも収奪しようと試みた。

2007年末に, 状況が悪くなってきたことに気が付いたセザルが、アントニオ弁護士との契約を取り消そうと試みた。しかしアントニオ弁護士は、それが取り消し不可能の契約だと回答してきた。慌てた金ユンサン院長とセザルは、ジャルジン・プロジェクトの責任者の一人であるジュビナル (Juvenal Mazucato)から以前に家庭連合に紹介されたデービッド・オリンド (David de Moura Olindo)弁護士の提案を受け入れる事にした。彼が提案した戦略はアントニオ弁護士に関係する土地を、担保という形で拘束するために、家庭連合がデビッド弁護士に弁護士受託料を払うことを認めるというものだった. デービッド弁護士はその後、これを利用して家庭連合を相手に約 1千万レアル (R$10 million)を請求する訴訟を起こした。 彼はまたアントニオ弁護士との仲裁裁判審理で家庭連合にとって不利であり、アントニオ弁護士に有利な陳述をした。

 

韓国および日本のリーダーたちによる顯進様への協助要請、及び UCIチームによる解決方案

ブラジルの状況がここまで回復不可能となってきたため、ブラジルのジャルジン・プロジェクトに関係した韓国のリーダー (金ユンサン院長、ヤンジュンス院長、申ミョンギ会長、金フンテ会長、チョージョンスン南米大陸会長)は顯進様に協力を要請した。これらは 2008年  7月2日パラグアイのアスンシオンで、真の御父母様に捧げる手紙を通して顯進様の協力を要請し、このような報告を受けた真の御父母様が、顯進様がブラジル問題を解決するように裁可されたことにより UCI チームが介入するようになった。

このような問題を解決するために、顯進様は UCIチームに、悪意的なアントニオ弁護士問題を解決して私たちの農場を皆取り戻し、農場と協会に賦課されたおびただしい税金、罰金などの正確な実態を把握して、法的、政治的、社会的な努力を通じて解決策を捜すように指示した。

このような指示事項を遂行するために、 UCIチームは 2008年 7月末に、まずブラジルを訪問し、サンパウロにあるブラジル教会(家庭連合) 本部とニューホーププロジェクト関係者たちに会い、多角的なインタビューと資料収集を通じて総合的で体系的な対策を樹立して積極的に問題解決のために努力を開始した。

アントニオ弁護士問題を解くための第一の措置として、 UCIチームは 2008年 7月末からブラジル・サンパウロにある法律事務所であるトッツィニ (Tozzini)の有能な弁護士たちを雇い、アントニオ弁護士に対する訴訟問題ならびにその他の複雑な多くの訴訟問題の解決を試みた。 このような努力の結実の一つとして、 2008年 8月にサンパウロ民事裁判所判事が、仲裁裁判の結果が出るまでアントニオ弁護士が、私たちの土地に対して何らの権限行使もできないようにする強制禁止命令 が下ることにより、アントニオ弁護士が一部農場の所有権を自分の名義に変えようとする試みを阻止した。

しかし何よりも最終決定がかかっている仲裁裁判での勝利が重要なので、仲裁裁判の勝利のために心血を傾けた。アントニオ弁護士の非道徳性と弁護士としての信義を忘れて私たちに詐欺行為を働いたことに関し、集められる限りの証拠を収集して、こちら側の弁護士たちと継続的な討論と資料検討を行いつつ、私たちが確実に勝利することができる最終陳述を提出できるように努力した。

また 2人の人望の高いブラジル法学の教授たちから、私たちの主張を裏付ける 2通の法律意見書を提出した。仲裁裁判期間中にアントニオ弁護士は、約束した通りの1ヘクタール当たりの価格を支払うので、その代価として自分が土地を所有できるようにする旨を提案して妥協を試みたが、当然こちらはそれを拒否した。

 

今後の課題(解決されるべき問題)

2010年 4月 28日に仲裁法廷の判事が判決を言い渡ししたという通報を受けた。しかしアントニオ弁護士が仲裁裁判過程に問題があると主張することで、その判決内容が公開されなかった。アントニオ弁護士は、仲裁裁判長が 1年前、こちら側の実務者であったクロビス (Clovis)に裁判判決を流出したと主張し、最終判決文を無効にしようと試みた。この事件の繊細な特性を考慮して、仲裁裁判協会長 (President of the Arbitration Association)は、独立調査委員会を構成して、アントニオ弁護士事件を再審した。2010年 7月7日この独立調査委員会がアントニオ弁護士の請求を棄却することで、仲裁裁判協会が 4月に下された判決を公開するようになったのだ。

UCIは、この仲裁裁判勝利を通じて、アントニオ弁護士に奪われた土地を全て回復することができたが、未だに農場に関連する多くの解決すべき課題が残っている。このような過程を通じてわかったことは、アントニオ弁護士という人物は、決して簡単にあきらめるような人物ではないということである。ゆえに私たちは、彼と彼の共犯者たちと今後も継続して争って行かなければならないであろう。また国立公園に編入された地域に関しては、これからも政府当局と対応しながら解決して行かなければならない。

ブラジルの農場に関連する問題を把握することは、丁度たまねぎの皮をむくようなものであり、むいてもむいても、次々と新しい問題が終わりを知らないかのように飛び出して来る。 3千万レアル (2009年 12月現在)にのぼる  5件の税金関連差押えと 3千2百9十万レアル (2010年 4月現在)に達する 5件の税金関連行政訴訟などの不動産関連訴訟と、デービッド(千万レアル)、ウィルソン(Wilson Francisco Fernandes)(2百7十万レアル)、ラウラ(Laura Cristina Ricci)(6十万レアル) 等の前任弁護士の申し立て、7千万レアルにのぼる、流質処分訴訟(Foreclosure proceeding), そしてニューホープファーム、アメリカーノホテル、サロブラ農場に発生した環境問題など到底数え切れない問題が散在している.

UCIではこのような問題を解決するために、総合的で専門的な方案を樹立して、これを段階的かつ体系的に行って来た。今後もこのような問題を解決するためには、多くの時間と資源が投入されなければならないであろう。ところが皮肉なことに、家庭連合の土地を取り戻したという画期的な勝利がなされるやいなや、突然のように顯進様と UCIに対し、いわゆる “敵対的な奪取”事件に引き続いて世界的な大規模非難が起きている。現在、申東謀南米大陸会長と世界統一教宣教本部がUCIとブラジル教会最高会議 (Superior Council)の活動を公式的に禁止するための法的措置を取っているため、私たちとしては、彼らが責任を取って、ブラジルにある真の御父母様の尊い遺産を経営して維持していけるように願うばかりである。

彼らの幸運を祈る。

 

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