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3)不自然な真実攻防

國進理事長成婚日歪曲に対する問題点

一言で言えばあきれた状況だ。文國進理事長の「婚前妊娠結婚」の疑惑を解明する過程で、教会側は、歴史的な真の家庭のご聖婚日まで歪曲する重大なミスを犯した。彼らは何を恐れているのか家庭のご聖婚日まで変えて、何回も言葉を変えた。結果的に彼らの苦手な解明は疑惑だけを育てた模様だ。

我々は、この問題をめぐって一つの悩みに陥らざるを得ない。彼らの主張によれば、真の父母様は真の子女様のご聖婚式を行い、歴史を愚弄した嘘つきになってしまう。文理事長に関連する不快な疑惑を隠そうとご聖婚日まで変更しているのに、私達はそれに目を閉じていなければならないのか、それとも真実を正さなければならないのか。

摂理も知らずに、霊界も知らない心ない者たちが間違うたびに、真の父母様にすべての責任をかぶせることで、今は選択の余地がないようだ。

状況#1

2010年3月1日、真の父母様は、公職者40日修練が開催されている九里市水澤洞中央修練院を訪ねられた。午前5時から8時半までみ言をいただく中、突然、驚くべきことが、お父様の口から飛び出した。 「OOOが恋愛して産んだ子は、私が認めることができない」という内容だった。当時、この言葉を多くの指導者たちが聞いたが、ほとんどは口をつぐんできた。

状況#2

2011年9月1日、日本の週刊誌として最も大きいメデイアの週刊文春が、教会に関する批判記事を出し、文國進理事長の「婚前妊娠結婚」疑惑を提起した。この内容は、これまで、日本の反対派のブログなどでたまに提起されてきた問題だった。

状況#3

2011年9月5日、日本統一教会は、ホームページに9月3日をもって出版したとする週刊文春の記事に対する抗議文を掲載しながら、文理事長への疑惑について、次のように説明した。

<本文> 國進氏は2004年6月17日、韓国・麗水において、現在の夫人朴知鋭氏との結婚について、文師ご夫妻から承認と祝福を受け、そのときに麗水で結婚式を挙げておられます。國進氏と朴知鋭氏は、文師ご夫妻の指導に従うなか、家庭を出発され、翌2005年5月7日、第1子を出産されました。石井氏が述べる「デキ婚」は事実無根であり、名誉毀損にあたります。謝罪と訂正を求めます。

状況#4

統一教宣教本部のジョ・ソンイル室長の名前で作成され、信徒に発送されたと思われる資料には、週刊文春の記事の背後に「郭グループ側(UCI)」があるという主張と共に、日本統一教会の抗議文が韓国語に翻訳されて掲載されていた。しかし、抗議文の翻訳内容の中に文理事長の「婚前妊娠結婚」の問題については、原文に無い文を追加したのが目立った。意図的な挿入と思われる文は下の下線付きの部分である。

國進氏は、2004年6月17日、その麗水で結婚式をあげました。その結婚に対して、子供まなかっ前妻からも了解国の清で「披露宴」を開催したのが20049月26日でした。國進氏と朴知鋭氏は文先生ご夫妻の指導により家庭を出発し2005年5月7日、最初の子供を出産しました。石井氏が述べる「デキ婚」は事実無根であり、名誉毀損にあたります。謝罪と訂正を求めます。

状況#5

教会側の主張の中に、文理事長の結婚式の日付をめぐり、攻防した日、突然、日本統一教ホームページに、「婚前妊娠結婚」の批判への反論が掲載された。主な内容は以下の通りだ。

 

<原文>「國進氏はデキ婚」という批判に対する反論

(中略) 文國進氏と朴知鋭氏ご夫妻は、2004年6月17日に、韓国・麗水において、文師ご夫妻から、正式に結婚を承認され、「約婚」と「祝福」を受けて夫婦となっています。『日本統一運動史2』(2009年1月31日、光言社刊)554ページに「約婚式」との記載がありますが、ご子息の祝福手順において、伝統的に「約婚式」と「聖婚式」がセットで行われてきたように、このとき文師ご夫妻の正式な承認のもと、結婚しています。2004年9月26日に韓国・清平で挙げている「聖婚式」という写真は、「披露宴」のことです。2004年6月17日の式典が、日本においてほとんど伝えられなかったのは、國進氏の前妻の親族の心情に配慮したためであり、親族が次の結婚を心から歓迎し、すべての人が祝賀するという状況で行われたのが、2004年9月26日の清平での「披露宴」です。当法人に反対するブログは、そのような統一教会の内部事情を知らず、2004年9月26日の清平の「披露宴」の写真を引き合いに出して批判していますが、当法人に問合せすれば、そのような経緯が分かったはずです。「デキ婚」は、子供ができたので結婚するという意味ですが、國進氏ご夫妻は、文師ご夫妻から夫婦として出発することを正式に承認され、6月17日に約婚と祝福を受けてから家庭を出発しているのであって、「デキ婚」ではありません。2004年9月26日の清平での祝賀式を起点として「デキ婚である」とする批判には、全く根拠がありません。

 

真実#1

「婚約」、「ご聖婚」、「披露宴」は性格が異なる行事である。

 

統一教側は今回の事態を置いて、何か隠すかのように重要な「婚約」、「ご聖婚」、「披露宴」の意味を非常に複雑にごちゃごちゃにしてしまった。最初は婚約式をしてから結婚式をしたとしながら、問題が起きると、婚約式兼結婚式のセットで進行したというように説明し、最も重要な儀式である祝福式を披露宴と変えてしまった。ところが、インターネット検索だけでも、これが嘘であることがすぐにばれた。例えば、文孝進氏の婚約について、Google検索をしてみると<真の御父母様み言選集7巻、1982年度の内容が載っており、真のお父様は、孝進氏の婚約を前年度にされたとされている。統一教会実録によると、文孝進氏の婚約は1981年11月22日にあり、聖婚式は1982年1月7日にあった(pp.177 – 178)。

 

 

真実#2

文國進様–朴知鋭様の「婚約」は、2004年6月17日韓国麗水で行われ、二人は2004年9月26日清平で、真の父母様の主礼で「聖婚式」、「ペベク式」、「祝宴」を経て正式な夫婦となった。

家族1

韓国統一教会の機関紙「統一世界」、2004年7月号に掲載された写真集「真の父母様あれこれ」の下を見ると、文國進理事長の約婚式の写真が載っていて、写真のキャプションに「文國進様–朴知鋭様の約婚式が6月17日、青海ガーデンで開催された。写真は、婚約式の後、真の父母様を迎えて記念撮影した様子」と書かれている。

この行事が、結婚式だったとすれば、当然、関連写真も載るはずだ。國進氏の元妻の親族の心情に配慮して6月17日の結婚式の行事が日本に伝わっていないということは、一言で言えば言い訳であり、真の父母様に対する侮辱である。たとえその言葉が正しいとしても、後日、元妻の親族の方が歓迎することにより、統一教会カレンダーの6月17日にお二人のご聖婚記念日が記されてなければならないのに、6月17日には何の記録もない。この日が明らかな婚約式というのは、「文鮮明先生み言選集」454巻に記されている。真のお父様は「この日を期して、この婚約を父の前に報告し、お祈りする(p.166)」と祝祷された。

 

一方、それから約3ヵ月後の9月26日、お二人の聖婚式が盛大に開催された。

この日、行事を知らせる案内文には次のように書かれている。

 

文國進様、朴知鋭様ご聖婚式案内

1. 神様の祖国と平和王国時代宣布の運勢が溢れることを願います。
2.真の父母様の主礼で文國進様とパク・ジョンヒョン・ヤン・パン様家庭(430家庭)の娘である朴知鋭様のご聖婚式を来る9月26日に行おうと思います。天の愛で真の家庭を成す意味深いご聖婚式に多くの食口の参加を願います。

イ). ご聖婚式
(1) 日時 :2004. 9. 26(日) 午前10時
※ 午前9時までに入場してください。
(2) 場所 :天宙清平修練院 大聖殿
(3) 参加対象 :首都圏食口
(4) 服装 :男性ー紺/黒のスーツ、白色ワイシャツ、白色ネクタイ
女性—白色 または、ベージュ正装

ロ). ペベク式
(1) 日時 :2004. 9. 26(日) 午前 11時30分
(2) 場所 :天宙清平修練院迎賓館
(3) 参加対象 :36家庭、元老食口、機関企業長

は)祝賀の宴成婚写真
(1) 日時 :2004. 9. 26(日) 午後2時
(2) 場所 :天宙清平修練院 大聖殿
(3) 参加対象 :ご聖婚式の参加者全員

 

 

この案内文を見てもこの日の行事を「子供を産めなかった前妻の両親からも了解を得て」進行された披露宴だというのか?ペベク式とは何なのか?ペベクは、式を終えた新婦が舅姑に捧げる初めての挨拶で、結婚式を終え百年の縁を約束する重要な手順だ。ジョ・ソンイル室長は6月17日、結婚式があり9月26日にペベク式だけ別にしたと主張できるのか?

 

 

結婚は一大事である。どんなに再婚だといっても、真の父母様に真の子女である文國進理事長の祝福式(結婚式)を略奪結婚かのように行うはずがない。

そして、韓国では、伝統的に結婚式の日にちを占いをみて決めるのだが、真の父母様がこれを見落とすはずがない「文鮮明先生み言選集」470巻 161~169ページには、お二方のご聖婚式関連の内容が細かく記録されている。168ページには「2004年天一国4年9月26日に文國進君と朴知鋭さんが神様と真の父母様と世界と天宙の前に聖婚が成立したことを宣布しました」と載っている。これでも、万一、文國進理事長まで、自分の聖婚式(結婚日)を6月17日と主張するのならば、これは、神様、真の父母様、そして、統一家祝福家庭すべてを騙す行為だ。

 カレンダー写真

本文章の焦点は文國進理事長が「婚前妊娠結婚」をしたのかということではない。これは、真の家庭に関係した問題として文理事長自らが判断して責任をとる事案であり、祝福家庭がどうこういう内容でないためだ。この文章の主張は、真の父母様がみ旨において行った真の子女様のご聖婚式を毀損するなということである。統一教カレンダーの9月26日には「文國進・朴知鋭様ご聖婚日」と明確に記録されている。教会カレンダーがこれからも出る限り、この日の歴史的な意味が愚か者によって歪曲されないことを願うものだ。(写真上 統一教会カレンダー2010年9月26日)

 

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