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13)文仁進、朴珍成、文亨進の非倫理的行為を擁護する統一教、

改革でなく革命の対象だ!

                                   2012.10.04   明けの明星

  カープカフェ匿名討論部屋

文仁進の私生子出産で表面化した真の家庭を含む現統一教指導部の道徳性はこれ以上落ちることができない奈落に落ちた。

朴珍成は声明書で自身が麻薬中毒に陥っていたことを認めてしまった。

そして2010年から自身の妻が不倫の沼に落ちているのを知りながらこれを黙認し出産まで助けたという話しを書いた。

果たしてこれが何を意味するのか。 周囲にこういう家庭を見ることはなかったし、絶対的に原理通り生きるとは言えないまでも、この程度まで堕落することはなかった。麻薬はもちろんタバコをくわえたこともないし、婚外出産など、想像することもできない。統一教会の祝福家庭はこの程度は守って生活している。たとえ失敗でも脱線すれば罪悪感から教会を離れて行くのが私たちの文化であった。

ところが今、真の子女という彼らは、想像もできない罪を犯しておいて、夫は、真のお父様から容赦を受けたので自分自身は心配しないと声明書を発表し、私生子を産んだ夫人は、愛を求めて美しい子供を産んだから祝福してくれという声明書を発表した。

これに対して教会では、これらの立場を批判するどころか擁護している。

教会がこれらを擁護しているという証拠は、これらの声明書を堂々と教会内部のコミュニケーションチャンネルを通じて広報しているというところにある。果たしてこれらの声明書の内容が容認可能な内容だろうか。

責任ある人々は答えてみなさい!

朴珍成という人は堂々と朴氏家族の中に帰って静かに余生を生きればそれで良く、文仁進氏は美しい子供を産んで幸せな人生を探せばそれで良いということなのか。

教会は果たして彼らにかける言葉がないのか。
そしてこの事件を眺めている祝福家庭と二世たちにかける言葉がないのか。

朴珍成の声明書が教会側と深い事前調整を通じて出たことという話がある。
文仁進と朴珍成の原理を破壊する声明書をそのまま容認する教会の態度は、このような推測に信憑性を与えている。いったい朴珍成はいくらの補償を受けたのか、全てを自身の過ちに帰結させる極めて寛大な文書を書いたのか。巨額の補償の結果ではないのか。

米国では、文仁進・朴珍成夫婦をもじって「クリントン夫婦」という別称があった。
彼らは数年目で既に実質的な夫婦でなく、お互いの利害得失の計算の下に政治的妥協によって結びついたイメージだけの夫婦だったということだ。ここ数年をこのように生きながら教会の甘い汁を吸ってきた二人であった。夫人は浮気をしながら牧師の真似をし、夫はそのような夫人を利用して金銭的利益を得て贅沢で裕福な生活を送った。それがこの4年間の二重的人生だった。

麻薬前科があった朴珍成がある日突然、聖人君子になって夫人が間男と情を通じて子供まで産んだ過ちを全部自身の不徳に帰結させるような心情革命、人格革命を成し遂げたと考えるなら、これはとんでもない錯覚に違いない。彼が発表した声明からは、外的に彼を聖人君子と見せる程のビッグディールがあったことが覗える。このように話しても何のことか分からないならば、自身の知能を疑ってみなければならないでしょう。

もう一つのコメディは、文仁進に米国総会長として発令状を出した文亨進夫婦の米国12都市巡回トークショーだ。彼は米国ツアー中にも、お父様の後継者として神秘的な自身のイメージを擦り込むのに余念がない。彼は韓国デビュー初期から今まで、頭を丸め修道服を着て、自身が少林寺で修道をした、ダライ・ラマに会ったなどと言いながら、神秘的なイメージを作るために努力した。2万1千拝をしながら精誠を捧げる姿をビデオ撮影し全世界に公開して自身のイメージを演出した。

そのような彼の神秘的イメージは一夜のうちに崩れた。学歴詐称事件のためだ。

ハーバード大哲学科・学士出身といっていた彼は、今、学歴詐称の波動で騒々しい。彼の堂々とした返事は、ハーバード大・生涯教育院で大学院入学が可能なBLAを受けたということだ。本意であろうが、失敗であろうが、既に起きた学歴詐称を容認さえしなくなっている。逆に、子分たちを前面に立てて、これを郭グループの謀略だと言い出す始末。イメージが何より重要な彼の立場では、偽りでも真実でも譲歩できない立場であるからだ。

彼はイメージはあっても実体のない人だ。

ここ数年間の彼の説教は、食口を恩恵に導くのではなく論争の対象になった。原理を正しく知っているのかという疑問を眠らせることはできなかった。

そして彼が進めた聖霊治癒礼拝の振動送りショーは、それこそ圧巻だった。

振動を送ってお父様の健康をお守りすると実演して見せた。

ところがそのお父様は風邪が肺炎に発展して力なく逝ってしまわれた。

原理は永生不死の道を教える真理でなく、人間がどのように正しく生きなければならないかを教える真理である。彼はハーバード大哲学科の学歴論争だけでなく、基本的な原理の実力に対しても検証を受けなければならない立場になってしまった。

今回の米国巡回期間中、2009年文亨進会長がお父様の意向に逆らって文仁進を米国総会長に座らせたのを謝ったという話を聞くことができなかった。明確に何が間違いで、その間違いが起きたことに自身の責任があることを話さなければならない筈なのに、聖和されたお父様を思い耐えろというメッセージだけを伝達している。

倫理と道徳において、倫理は個人的次元のこと、道徳は集団的次元のこととして定義される。文仁進、朴珍成、文亨進の非倫理的行為は、もはや個人の次元のことでない。これは集団的道徳の次元で扱われなければならない。

統一教会は今これらの非倫理的行為を隠蔽して保護し、これを掘り起こす人々をかえって圧迫する状況にある。道徳崩壊の極端的状況に直面していることだ。

統一教はこれ以上改革の対象でない。革命の対象だ。
革命が不可能なら、消滅しなければならない宗教だ。

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