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2)プエルト・カサド前市長とプロティエラ代表の 衝撃的な良心宣言について

 

  2010.05.01   金慶孝

あまりにも衝撃的な内容に触れて言葉が出ない。
私は、2009年8月2日プエルトカサドで何が起きたかをありありと記憶している。アスンシオンから軽飛行機で顯進様に侍ってプエルトカサドに飛んでいた時、そこで暴動が発生したという急報を受けて顯進様一行はメノナイト村に降りて一日を待たなければならなかった。挙句の果てに顯進様がその村に入るのは、非常に危険だという判断が下され、顯進様は、他の所をぐるっと見られた後、レダに向かわれた。そして、真の父母様を代表する息子がそこを訪問するという報告を聞いて、早くから待っていた善良な村の人々の心を無視することができなかったので、トマス・フィールド社長を含む二人の外国人と東洋人の顔をした私は、危険を承知でプエルトカサドに8月3日午前、入った。村に直接降りることはあまりにも危険であるために隣の町に着陸した後、車に乗って村に入らなければならなかった。いまだに覚えていることは、村は一触即発の状態であり、いたるところから聞こえてくる花火の音のようなものが人々の心を興奮させていた。トマス・フィールド社長は、村の人々に冷静に対応してくれることを訴え、私が、人々の目に付くと“Moon”という言葉があちこちから聞こえてきた。彼等は、おそらく私が彼らが待っていた真の父母様の息子だと、一時的に考えていたようだった。村の有志らは、外国人、特に東洋人の顔は非常に危険なので、外には絶対出てこないようにと語り、住民代表らが集まっていたある建物の中で私は数時間、息を殺して待機していた。

私は、この事件が発生した直後、第一次報告書を作成して、8月5日ごろ、主要指導者に報告し、その後、約一ヵ月半にわたり証拠収集と緻密な調査をして、すべての事件の背後の経緯について2百ページを超えるレポートにまとめた。その理由は、私がUCIの従業員ではなかったが、当時、顯進様に随行した一人として、摂理に重大な支障を与え真の父母様と真の家庭を冒涜した事件の真実は必ず明らかにしなければならないという使命感からだった。自分が送信した第一次報告書について、宣教会の朴珍用弁護士は、2009年8月9日、“統一教会人による破廉恥で、悪名高いマッカーシズムの行為”というタイトルの下に、この事件は、金慶孝が“前後の分別なく、自分で作った作り話だ”と主張する文書を作成して指導者に送り、10月16日大陸会長会議でも文国進理事長の指示の下で、この資料が配布され事件の真実を完全にもみ消した。今回の良心宣言で申東謀会長以外の他の韓国人の実名は挙げていないが、サボリオ弁護士の背後ですべての実務を陣頭指揮していた人物はまさに朴珍用弁護士であり、財団と協会だけでなく、宣教会もこの事件に深く関与していたことを食口らははっきりと知らなければならない。

その後、金ジョングァン、ユギョンソク氏ら、協会と財団に所属する複数の人物が、全世界でこの事件の真実を歪曲してきた。今、この瞬間でこそ明かすがユギョンソク氏は全国を巡回して、この事件を私が歪曲させ、後日、私が申東謀会長に会って、その過ちを認めたという主張をしたが、それは完全な嘘である。嘘を言って回る者に対して報復したいという気持ちもあったが、これまで沈黙していたことは、いつの日か明確な真実として明らかになるものと信じていたし、無理に強いられて批判講演会をしている姿が哀れであり、これにいちいち対応する価値すらないと感じたからだった。私は、事件の最終報告書を2009年9月に仕上げた後、当時南米大陸会長を務める申東謀氏に、すべての証拠資料と一緒に渡した。彼がこの資料を韓国財団や宣教会に渡すという考えもあったが、たとえそうするとしても、南米を担当する責任者に歴史的真実が込められたデータを与えることは必要なことだと考え、誰にも相談せずにそのようにした。その日、申東謀会長と一晩中話をしたが、南米の事件や調査の結果については話さなかった。当時の私は、申東謀会長のすべての話を受けいれたが、一つ消化できないものがあった。彼が明らかに私に話した事は、彼は顯進様よりも原理をよく知っており、お父様のみ言葉も顯進様よりたくさん読んだと語りながら、顯進様の不足さを問い詰めた。このような雰囲気の中で私がプエルトカサド事件の過ちを悟り、悔い改めたという主張は理屈に合わないことである。私が本当にそのように語り表現したか申会長に聞いて欲しい。

また本論に戻り、顯進様の立場を考えてみよう。果たして彼らの主張どおり、お父様の財産、あるいは神様の公的資産を私物化するために、顯進様は南米に行かれたと見るか。もしそう信じ、さらにはこれらの主張を持って真の父母様と祝福家庭を誤って導いている者がいるとすれば、それが誰かに関わらず、天罰と摂理的責任を免れることができない。顯進様は、南米のために流された神様と真の父母様の血と汗と涙の精誠を知り、特にレダを中心に、日本の国家メシアが注いだ祝福家庭の精誠の基準を知っていたために、たった一坪の土地ですら失って損なうことなく、本来の神様のみ旨と摂理に活用されるように最善を尽くしてこられた。大変で時間がかかったとしても、この解決策こそが最終的にはパラグアイの国とプエルトカサド地域住民のための道であることを粘り強く啓発して来られた。 2008年1月から2009年にかけて、パラグアイを数回訪問され、果たしてどのように行動し、何と語って伝え、どのような結果を残されたか、パラグアイと南米に関連するすべての指導者たちに聞いてみてください。彼らが本当に良心と信仰が生きており、自分たちが持っている職位にしがみつかず勇気を持っていれば、真実を語ってくれるでしょう。特に南米の責任を担っておられた趙ジョンスン前大陸会長、パラグアイ分捧王文平来会長、南米ジャルジン修練所の責任を担っておられたヤンジュンス会長は現在、真実を語ってくれなければなりません。私はその方たちが2008年4月、中南米6カ国を巡回する過程で、パナマで一睡も出来ず、苦悩されている顯進様にしがみついて、どのように語られたか、同年07月パラグアイGPFの時、顯進様を訪ねてどのようなお願いをされたか、そして、そのような指導者たち要求とお願いについて顯進様がどのように責任を負われたかはっきり記憶しています。

パラグアイ事件が発生した直後、申東謀会長は、パラグアイに数日いたであろうか?彼はわずか三日程度滞在して、数人の話を聞いたことを持ってすべての結果を判断し、報告書を作りあげた。そして、今も多くの指導者は、それがあたかも真実のように信じている。彼がなぜそのようにしたのかは今回のプエルトカサド事件と関係した二人の核心人物が発表した良心宣言文と共同宣言文を通して明白になった。おそらく申東謀会長をはじめ、協会と財団、宣教会の人々は、この宣言は捏造されたものだと主張するだろう。これ以上真実が暴露されないように朴珍用弁護士が私に米国で8万ドルの訴訟をし、文國進理事長が代表の韓国財団が、私を韓国で刑事告訴したように、無茶苦茶な訴訟で正義の口をねじ防ぐかもしれない。しかし、いつまで真の父母様と祝福家庭の目と耳を塞ぎ、彼らを摂理のばか者にすることができると考えるか。霊界は、この状況を黙って見ていると考えるのか?もし霊界が沈黙していなければ、それは決して如何なるメッセージや宣言の次元にとどまらないだろう。

私たちは、顯進様の涙を覚えていなければならない。 2008年4月、南米6ヵ国ツアーを進行されていた途中、3番目の国家パナマで顯進様は、家庭連合とカープ会長の人事異動および離就任式の報告を受けられた。韓国では、このニュースを正式に伝えてくれた人は一人もいなかった。そのひどさは経験したことのない人には解らないだろう。私たちのお兄さんはこの日の行事を終え、一晩中寝られることができなかった。なぜこのような摂理的試練と苦痛をくださるか一人天にしがみつき、すすり泣かれた。第九子出産を目前にした全淑様は米国で苦労されなければならなかった。顯進様は、いつそんなことがあったのかというように、すっきりした表情で部屋を出て、次の予定地であるペルーに行き、み言葉の火を吐かれた。大衆がいるところでは必ず崩れられることなく、凛々しい姿のままだった。しかし、私はペルーで短い瞬間だったが、すべての荷を抱え一人苦しまれる顯進様の涙を目撃した。遠く窓の外にペルー市内の景色を眺められていた顯進様の目元はうす赤い色を帯びしっとりと濡れていた。知らないふりをしていこうという人に向けた言葉であったのか、独り言であったのか、一言低いため息が聞こえてきた。

“私の人生は、なぜこのようにジェットコースターのようなのか…”

2010年5月1日
金慶孝

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