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1)金孝律補佐官の公開批判の内容

         

 2010.02.22世界国家指導者会議 遊天宮

 

 

(司会者がピーター・キム氏を紹介する)

 

皆さん、こんにちは。英語で話しましょうか?それでは英語でやりましょう。

 

お会いできてうれしいです。疲れていませんか。霊的には既に高まっていると思いますが、肉体は大変でしょう...

 

実は何日か前に宣教部のスタッフのほうから、この特別な時に、統一運動内で何が起こっているかということを、こちらに来て話してほしいと言う要請を受けました。内的な面からいうと、ある意味では私たちは危機的状況を通過しているとも言えるでしょう。けれども私たちの信仰は今でもしっかりとして、健全であり、縦的にも揺るがずに立っていますから、この部屋にいらっしゃる方は誰一人として、少なくとも神様に対する疑いとか、御父母様に対する疑いを持ってはいらっしゃらないと思います。どうでしょうか?(もちろんです!)少なくとも私たちの心情においては、心においては、私たちは神様と真の御父母様に絶対的に一つになっていると信じていますが、どうですか?(そのとおりです!)それでも時々私たちはいろいろな環境や状況の中に巻き込まれて、そういう中で、「一体どうなっているんだ?私の理解は正しいのだろうか?それとも何か私が知らないことがあるんだろうか。」というように感じたりすることもあるでしょう。

 

そういうような状況に追い込まれて、自己憐憫に陥るというようなことも皆さんの多くが経験していらっしゃるのではないかと思います。どうですか、当たってますか?簡単な問題ではありません。とりわけ今私たちは統一グループというレベルで、一つの試練期間に入ろうとしています。ここ韓国では統一運動という言い方はもうしないようです。統一グループという言い方をよくしますね。どっちがいいでしょうか。ワルシ博士、どちらのほうが宗教的な表現ですか?まあ、どっちにしろともかく統一グループとして、一つの試練期を通過しているように感じます。率直に言えば、私たちの運動ないしグループはまだ大きくありません。分裂したり、内部のカルトや分派を作ったりできるほど大きくないじゃないですか。キリスト教の中には、何百万人の会員がいるところもあります。カトリックを見てください、カトリックの会員は何人ですか?全世界で一億人以上ですね。だからカトリックの中にはたくさんの教派もあれば、分派もあれば、いろいろなカルトもあります。別にそれで不思議でもないし、もっとたくさんあってもおかしくありません。

 

それでは私たちの運動はどうでしょうか。現実を見てみましょう。実際アクティブな会員は...(解読不能)...こんなに会員数が少ないのにもかかわらず、非常に大きな困難に直面しています。私たちは今まで、30年、40年、或いは50年と真の御父母様に従い、侍ってきました。御父母様の歩まれた道に従いつつ、地上天国を建設するために命を捧げてやってきたのではありませんか。少なくともそのように思ってきました。それは今でもそうです。ところが今どうですか。このような危機にぶつかるとは、一体何が起こったのでしょうか?内部分裂、しかも真の子女様の中で、いや真の子女様によって起こされた...それでこの運動はぐらついています。皆さんが認めるか否かにかかわらず、現在私たちの運動はぐらついていると私は思います。

 

もちろん神様の目からみれば、真の御父母様から見れば、私たちの欠点や失敗がたくさん見えるでしょうし、私たちの考えや行動の中に、たくさんの間違った考えや間違った行動が見えることでしょう。しかしそれを超えて、一体どうして今このことが起こるのかというのが、私がお話しようとするポイントです。

 

神様から与えられた原理の観点によって、私たちの個人としての責任分担というものをみてみると、全ての人には5パーセントの責任分担というものがあります。それを3パーセントと言ったとしても、ともかく責任分担というものがあるのです。ところが私たちはよくそれを忘れてしまうのです。というのは私たちは真の御父母様を信じていますし、絶対基準というものを100パーセント信じているわけです。ですから神様と真の御父母様に対して、縦的に絶対信仰、絶対愛、絶対服従を捧げなければならないと知っているのです。ですから真の子女様に対する私たちの関係や信仰という話になってくると、何も言われなくても、或いは学んだり考えたりせずに、その基準を無条件に当てはめてしまうのです。盲目的にそのようにしてしまうことが多いのです。「真の子女様というのは、真の御父母様の直系なのだから、絶対服従しなければならない。真の御父母様に対するのと同じ基準で対さなければならない。」というように考えるのです。多くの場合、自分がそのように考えたいので、そう考えるというような傾向性があります。そのように信じたいという傾向があるのです。そのように子女様たちを尊敬したいのであり、崇拝したいのです。

 

しかし現実はどうでしょうか。私は真の子女様全部を含む真の御父母様の家庭に過去40年にわたって侍ってくる中で、子女様がどのような生活をしており、どのような習性があるのか、或いは赤ちゃんのときから40代にまでどのように成長してきたのかなどについて直接目で見る機会は人よりもあったといえるかも知れません。しかし、ここで原理を別の角度から理解しなければならないのです。というのは真の御父母様がよくおっしゃいますが、真の父母がこの地上世界に――或いは霊界にも――来ておられるのは、この今の時代に限られているのであって、今をおいて後にも先にも真の御父母様が来られることは二度とないのです。レバレンド・サンミョン・ムーンと真のお母様こそが全人類の真の父母であられます。興進様や孝進様は霊界におられ、地上界においては顯進様、亨進様、國進様がおられますが、この人達は真の御父母様ではないのです。誤解しないで頂きたいのですが、この人達を差別しているわけではないのです。彼らを裁いたり、批判しようという意図ではありません。私が話したいのは真の御父母様や真の子女様と私たちの関係についての私自身の原理理解なのです。わかりますか?(はい。)

 

ですから私の考えでは、たとえば真の子女様の一人がやってきて私をひっぱたいたとしましょう。そうしたら私は座って、「あなたは永遠に私の真の父母ではありません。私の永遠のお兄さんであり、永遠のアベルですが、真の父母ではありません。」と言うでしょう。世界会長の亨進様はこの点をはっきり理解しておられると思います。何度も繰り返しこの点を説明しておられたのを聞きました。そうでなければ原理がここで当てはまらなくなります。私たちには既に真の御父母様がいらっしゃいます。そこで、たとえ真の子女様であろうと、他の誰かであろうと、別の真の父母が出てくるということは考えられないのです。そんなことになったら、どちらが本当の真の父母になるのでしょうか?この点が私たちがはっきりと理解しておかなければならないキーポイントです。真の父母はただ一組しかないということです。神様と人類の関係において、真の御父母様こそが唯一の仲保者であり、私たちを神様に繋げて下さる方です。神様の愛の懐に連れ戻してくださるお方です。

 

そこで私たちは、真の御父母様に私たちの絶対服従と絶対信仰を捧げました、なぜならば真の御父母様は既に完成完結期にいらっしゃるからです。何年か前ハワイのコナで、その時は梁会長とユー牧師もおられたと思いますが、ある朝早く、お父様が、そこに3,4人残っていたリーダーたちを呼ばれ、そして真のお母様にも部屋から出てくるようにと言われました。お二人はそれから私たちの正面に立って、顯進様と國進様を前に立たせました。お父様とお母様が私たちに向かって立たれ、その前に顯進様と國進様、そしてその後ろに3~4人のリーダーが立ちました。そこでお父様が祈祷され、祈祷の中でこのように言われました。「何年にもわたってお母様を教育して、この完成のレベルまで引き上げてきました。今日は天地の前にお母様が私と同じレベルの完成を成し遂げたことを宣言します。」お父様は、二人は完全に同格であり、同等であると言われました。

 

それからというものは、真の御父母様と言う時、私の心の中では、そこにはお父様もお母様も入っています。いつでも二人であり、二人とも完成段階におられます。それでは真の子女様はどうでしょうか?お父様は祈祷の中でこう言われました。「顯進、あなたはカインの立場であり、國進、あなたはアベルの立場である。だから今からは二人が一つになって、お母様を通して私にこなければならない。お母様が完成段階に達して、私とあなた方子女たちの中間に立っている。だからお母様を通して来なければならない。」

 

これがどういう意味かわかりますか?真の子女様には、まだそれぞれの歩むべき路程があるということです。それぞれのうめるべき距離があるのです。言うまでもなく彼らは真の御父母様の真の愛の血統を直接受け継いでいますから、はるかに安泰であり、優れた立場です。私たちに比べると、より安全であり、しっかりしており、あらゆる面において優れています。しかし、考えてみて下さい。真の子女様といえども一人一人が完成しなければならない責任分担があるということです。私はそう思っています。ですからもしも失敗すれば当然蕩減を払わなければなりません。それが創造原理です。誰でも知っているでしょう。なぜこういう話をしているのかというと、私は顯進様の路程について話したいのであり、この点について正直に話したいのです。実はこの内容は既に誰にでも話しています。誰にでもといっても実際はリーダーたちですが、というのはリーダーはその下にいるメンバーや、子供たちや、とにかくその影響下にある人達に対して教育する責任があるからです。

 

顯進様は、もちろん真の子女です!頭のてっぺんから足の爪先まで全てを真の御父母様から受け継いでいます。それを疑う人はいないでしょう。しかし顯進様には、私たちと同様に自らの歩むべき路程があります。もちろん私たちは顯進様よりも100歩も下にいるかもしれませんし、顯進様は上の方にいるかもしれませんが、それでも自分自身の責任分担がたとえ1パーセントといえどもあるのです。神様がアベルの供え物は受け取られたのにカインのものは受け取られなかった時にカインが感じたように...カインはどう感じましたか?憤りを感じたでしょう。妬み、嫉妬とか、そういうもろもろの思いをもちろん神様に対しても感じたかも知れませんが、とりわけアベルに対して感じました。その結果カインはアベルを殺したでしょう。そうじゃないですか?このことを突っ込んで話すつもりはありません、というのは今私たちの運動内で何が起こっているかは皆さんも知っていると思うからです。顯進様の下にいる人達、顯進様陣営の人達はこのように言っています。「顯進様の弟である國進様と亨進様が結託してお母様をうまく洗脳し、お母様がお父様の耳にあらゆるうそや作り話を囁いている。そのせいで顯進様は窮地に追い詰められ、誤解され、批判され、非道な人間とみなされている」この國進様と亨進様というところにピーター・キムという名前がいれられる場合もあるようです。これが彼らの言い分であり、この話を私は何度も聞いています。

 

しかしこれは兄弟げんかという問題ではありません。顯進様と亨進様のけんかでもなく、國進様と顯進様のけんかでもないのです。彼らはなぜかそういう風に捉えているようです。それははじめからお父様とお母様を直接批判するだけのガッツがないからです。今でも顯進様のお父様はいらっしゃいますし、お母様はいらっしゃいます。ですから顯進様は今でも公的な場ではお父様を人類の真のお父様だと宣言したりはするようです。ということは彼らには誰かスケープゴート(罪の身代わり)が必要となり、それで私が利用されたのです。というのは私はお父様とお母様の特別補佐官としてずっと侍ってきましたので、ほとんどの報告書は私を通すようになっています。ほとんどの場合は直接御父母様の前でそれを読んでさしあげるのですが、それができない時があります。タイミングが悪かったり、お父様の気分が悪かったりというようないろいろな理由で、一語一語読むことができず、要約して報告することもあります。ですから私がそのスケープゴートにされたのです。亨進様と國進様も同じです。

 

どうしてそういうことをはじめたのでしょうか。これは亨進様の戴冠の問題とつながっています。お父様が韓国とニューヨークで二回、いや三回にわたって戴冠式をされましたが、そこで亨進様が完全に戴冠される前に、私の理解では顯進様は自分こそがお父様とお母様によって戴冠を受け、真の御父母様の相続者或いは後継者として任命されるべきであると固く信じていたようです。ちょうどエサウが自分は長子だから全ての祝福を受けると信じていたようにです。しかし実際は王冠は亨進様が受けました。その理由は何でしょうか?私たちにはよくわかりません。それはお父様とお母様だけが特権を持っておられる領域ですから。公的にそれに対して疑いを表明した人も誰もいません。一体統一教会の信仰を持ったメンバーの中で、お父様とお母様の前で、「お父様、この子女様のほうが後継者としてもっとふさわしいです。」と言って敢えて異議を主張する人がいるでしょうか。誰もいません。まともな人であれば、正気で言えることではありません。大塚さん。どうですか?そういうことができますか?できません。誰もできません。このことは完全にお父様とお母様だけの、神様と対しながらお父様とお母様のみが果たすことのできる責任の領域なのです。神聖な権限なのです。

 

それでお父様とお母様はそれを亨進様に対して行使されたのです。このことに関して誰か他の人が責任を取るべきでしょうか?もしも誰かが、「亨進様に対してするべきです」というようにお父様の耳元で囁いたとしたらどうなると思いますか。もしも私がそうしたのならば、私は死んでしまうでしょう。もしも私がしたのなら、今ここで自決します。誰にもできないことです。それで何が起こりましたか?それ以来、その戴冠式の故に、いろいろな人々が非難され始めました。まずはピーター・キムをはじめとして、今では亨進様、國進様、そしてとうとう真のお母様までも非難されるようになりました。この非難の牢獄の中に皆入れられてしまいました。そして私たちがそれをやったと言う彼らの非難と、批判と裁きの中で手も足も出ない状態になっているのです。それは間違いです。亨進様がやったことではありません。國進様がやったことでもありません。こういう深刻な問題になってくると、彼らは結局お父様とお母様を恐れているのです。私にはそれがよくわかっています。

 

そこから分裂が始まったのです。それは顯進様が始めたのです。その時点では顯進様は、まだお父様とお母様を直接非難することはできませんでした。弟たちや私などを非難するのはもっと簡単です。私などは彼らからいくら非難されてたくさんの後ろ指を指されてもよいのです。指を指されるだけでなく拳が飛んできたとしても問題ありません。ところがだんだんお母様がその標的になってきます。顯進様はお母様と話すのを拒絶しました。先回最後にラスベガスにお父様に会うために来た時にも、お母様に会うのを拒絶しました。その時が顯進様がお父様に会われた最後の機会でした。顯進様はお母様に会いたくないという伝言を前もって送ってきましたが、お母様はそのときお父様と一緒におられたのです。ですから顯進様が着いた時にはお母様がおられることがわからず、その時にお母様はお父様からおよそ100フィート(ほぼ30メートル)離れたところにおられたのですが、お父様が直ちに一人のスタッフに、「行ってお母様を連れて来なさい」とおっしゃった時に顯進様は激怒して、「連れて来るな。やったら殺すぞ。(ただじゃすまない)」と言いました。我々はそれでもお父様の言うことを聞かなければならないではないですか。ですから結局お母様は連れてこられて、全員で部屋に行ってそこで話しました。それでも顯進様は...を拒絶しました。このような感情、あのような態度や行為、これら全てがあの戴冠式に端を発しています。のけ者にされたという感情、嫉妬心、はっきりとはわかりませんが、更には不安感や憎悪の思いまでもが出てきたのでしょう。こういうもろもろの感情が心の中に溢れていたのです。そうして顯進様は、私がお父様にそのことに関して正直に話さなかったと思ったのでしょう。そして、自分でやる以外には誰にもできないと感じたのでしょう。

 

顯進様の心の中では、國進様は1歳年下ですが、亨進様は10歳も年下であり、まだまだ小さな子供である。彼にはできない、だから私がやろう、と考えているのでしょう。しかし、お父様の遺産と伝統、そしてこの統一運動即ち神の摂理を誰が相続し、誰が運営するのかという決定は誰が下すのでしょうか?それはお父様、神様とお父様がなされるべきことです。この一点から分裂が始まっていくようになるのです。これが兄弟間の抗争という問題ではないことをはっきりと知らなければなりません。間違った決定がされたという問題でもありません。これはカインがアベルと神に対して感じたような、或いはエサウが自分の母親と父親とヤコブに対して感じたような感情の問題です。ヤコブは自分の家を離れて21年にわたり荒野の地で叔父とともに暮らします。聖書にはヤコブが選ばれてから、ヤコブとエサウの間に具体的にどのような抗争があったかということについては記されてはいません。しかし十分想像してみることはできるでしょう。エサウがとても腹を立て、おそらくヤコブを殺そうとしたので彼は逃げたのではないでしょうか。しかし今の時代はその時代とは違っています。今や神様が全人類がメシヤにつかえることができるようにと準備した民主主義の時代です。

 

ですからこの時代の故に、亨進様はお父様の後継者として、相続者としての任命をお父様から受けて、既にその仕事を始めています。このことは非常にはっきりしています。皆さんも一切心の中に疑いはないと思います。今や亨進様がお父様とお母様の正式な後継者であり、相続者です。お父様とお母様はまだ生きていらっしゃいますが、亨進様は既にお父様とお母様の公式的な代表者として、或いはお父様を受け継いだ統一運動全体の代表者としての役割を果たしています。もちろん、いずれお父様とお母様が霊界に行かれた時には、亨進様が継続してその役割を果たしていくはずです。しかし、私が言いたいのは、その戴冠式の故に、つまり誰が後継者になるかというということに対するお父様とお母様の決定の故に、この分裂と逸脱が始まったということなのです。

 

いつも言いますが、はじめのうちは非常に小さい問題だったのです。その隙間はとても狭く、小さな流れに過ぎませんでした。簡単に飛び越えられるような小さな流れだったのです。しかし時間とともにその幅はどんどん広くなり、それは平行線ではなく小さな裂け目として始まったものがどんどん広がっていったのです。時間がたつうちに泳いで渡ることさえできないところまで、その川幅が広がってしまったのです。幅が広くなるほど深くなり、波も荒くなってきます。流れももっと荒くなります。なぜならば、より多くの人々が関わってきますから。リーダーやメンバー、更には平和大使たちも関わってきます。今やこういう人々が皆この戦いに巻き込まれてきているので、統一教会のリーダーたち、とりわけ各国に責任を持ったリーダーたちが自身の縦的軸をまっすぐにしなければならないと強く感ずるのです。たとえ何が起ころうとも、もしも誰かが1トンもある純金を持って迫って来たとしても、目を閉じて、自ら立てた縦的軸に従って行かねばなりません。皆様もご存知の、真の御父母様を中心とした、神につながる縦的基準、これこそが私たちが決して一瞬たりとも忘れてはならない鍵です。

 

お父様とお母様はご自身の子女様についてあまり語りたいと思われないのです。皆さんもそうでしょう。子供の親である方もここには多いでしょう。自分の子供があれこれと小さな失敗をする時に、そのことを子供たちの前で、或いは他の人々の前で話したいと思いますか?そうは思わないでしょう。私たちは彼らを何とかかばってやりたいと思うものです。そしてもう一度機会を与えてやりたいと思うものです。それが今の真の御父母様の心境なのです。真のお母様も、顯進様によって横に押しのけられ、批判され、何度も無視されたとしても、それでも「どのようにしたら顯進様を連れ帰ることができるのだろうか?もしも帰ってくれば抱きしめて、他の子女様たちと同じように接するのに」という心情を示されるのです。しかし、顯進様自身がお母様との間に作ってしまった距離の故に、顯進様が帰ってくることはまずないでしょう。

 

最近ではお母様までもが顯進様陣営から(陣営という言い方をしてもよければ)批判されています。顯進様自身が言ったことかどうかは私もわかりませんが、私が聞いた話では、彼らは、お父様も自分の子女たちによって真の家庭を作るのに失敗したと言っているようです。それで顯進様は、自らの9人の子女たちによって真の家庭を作るという自信を持っているという話です。そのようにして全世界に対し、これこそが真の家庭のモデルであるということを示し、だから皆私に従えと言おうとしているのです。おそらく文字通り「お父様は失敗した」とは言っていないかもしれませんが、ともかくそれを意味するような内容が彼らのミーティングにおいて暗示されていたということです。そこではそのような雰囲気が作られているのです。このポイントが彼らが人々を説得して顯進様に従わせようとする時に使用する賄賂のようなものです。

 

いろいろな問題がありますが、事実関係については、私の後で、私たちの敬愛する朴珍用兄弟が、実際顯進様が何をしてきたのかということについての詳細な事実に基づいた実証を示してくれると思います。二日前に祝賀会に参加するためにこちらに来ていた朱さんと、彼が出発する前に会いましたが、彼に言わせると顯進様は、実は4~5年も前からこの分裂と分派活動に対する準備をしてきたということがわかったようなのです。なんと今年1年ではなく、何年も前からそうだったということです。私は顯進様がこのような兆しを見せていたのは2年位前だったと思っていました。そして彼のこういう意図が明るみに出てきた最後の瞬間が彼がUCIのディレクターであった朱氏と私を投票によって首にした日でした。これが表面上は、お父様に対する直接の挑戦でした。

 

しかし、そのずっと以前から彼は水面下であらゆることをしてきたのです。私たちはそれらのいくつかを見抜きましたが、「まさかそうではないだろう。」と、本気にできませんでした。しかし実はその時点から彼は明らかに攻撃を開始していたのです。そこから数えてみるとほぼ1年半くらい前のことです。私はそのように思っていました。しかし、朱氏に言わせるといろいろな事実から見れば、どうやら5年位前から準備をしていたようだということです。計画的にやったということです。おそらく攻撃を仕掛けるのに必要な銃と砲弾を準備するために、基盤を作ってきたのでしょう。ですから、繰り返して言いましたが、国に責任を持つリーダーとして、或いはいろいろな機関のリーダーとして、お父様との一体化をなさねばなりません。これが私たちの信仰の告白です。一体誰を私たちのメシヤとして、救い主として、真の父母として信じるのですか?真の父母は一組しかありません。レバレンド・サン・ミョン・ムーンとドクター・ハクジャ・ハン・ムーンがそうです。このことが私たちの心の中ではっきりしておれば、一切悩むことはありません。それで十分です。たとえそれが顯進様であろうと、或いは明日には國進様が方向を転換して、「もうたくさんだ。私こそがこの運動を見せて、この運動を改革し、全人類のために新しい運動を作るのだ」と言ったとしても、関係ありません。國進様がそうしようがしまいが、従って行きません。もしも亨進様がそうしたら従って行きますか?行きません。

 

私たちは今地上にいらっしゃる真の御父母様に対して、絶対信仰を持って従って行くのであり、死んで霊界に行けば霊界に残って全く同じ信仰生活を続けていくのです。そうじゃないですか?(そのとおりです。)ぐらついたり、これ以外の他の力や他の理論が忍び込む余地があってはなりません。何年も真の御父母様に従ってきた信仰者として、そういう信仰を持っていなければならないでしょう。これが私の信仰告白であり、皆さんに対して懇切にお願いしたいことです。これは私たちが持つ特権でもあり、同時に義務でもあります。アーメンですか?(アーメン)

 

はい、ワルシ博士、何か質問ですか?どうぞ。私は朴さんの時間を奪いたくありませんのでもう終わりますが、皆さん、どうぞ誤解しないでください。私が何か皆さんよりも優れた信仰を持っているとか、優れた信仰生活をしているとか、全くそういうことではないんですよ。私は今でも悩んでいます。今でもいろいろな状況に対していろんな考えが出てきます。しかし、少なくとも私たちは一つの共通の目的を持っています。...従って行く共通の縦的ラインがあります。皆さんの誰かは私よりも5歩先に進んでいるか、私が誰かよりは1歩先にいるかもしれませんが、同じラインの上にいるのですからそういうことはあまり重要ではありません。スケートのリレーを考えてみて下さい。同じラインの上にいる限り、同じチームにいる限り、同じ軌道に従って行く、それと同じことです。このことが重要であると私は思います。少し遅いか少し速いかということはそんなに重要ではありません。お父様も何度も、「とにかく死なずに最後まで私について来い」と言われます。そうする限りは希望があるのです。

 

目標を今日成し遂げるにせよ、10年後に成し遂げるにせよ、必ず同じラインと軌道の上にいるようにして下さい。これがお父様のアドバイスです。今日の午後私が話したことよりももっと多くのことを皆さんはきっと知っておられると思います。しかし私がお話したことは、最近ますます強くなっていく私の思いです。なぜならば、顯進様の陣営がやろうとしていることがますますはっきりと見え始めたからです。無視し、拒絶し、拒否し、さらにはお父様の命令や指示、そして教えを踏みにじっています。そして完全にそれに反対する方向に行っているのに、それを我々の側の誰かのせいにするのです。あらゆる非難と批判をし、とうとうお母様やお父様さえも批判するところまで来たのです。これだけのことを知った後でも、もしも誰かが、「いや、顯進様の言っていることが正しいと思う。」と考えるとしたら、そのように考える人はもっと祈らなければなりません。私たちは本当に自分自身を正し、自分が正しい軌道にいるかどうかを確かめなければなりません。そして、なすべきことをしなければなりません。

 

たくさんの理由はあります。お金の故に――お金が時にはとても魅力的なエサになることは知っているでしょう。お金や、誰かとの人間関係、顯進様との個人的な関係などが理由になるでしょう。しかし何があったところで、私たちの永遠の命以上に大事なものがあるでしょうか?私たちの永遠の命が懸かった問題です。私のように過去40年にわたって真の御父母様とともに過ごし、真の御父母様の家庭に過去40年にわたって侍ってきた者として、これだけは言えます。私たちの縦的軸は常に真の御父母様につながっているのであって、真の子女様につながっているのではありません。真の子女様は、私たちのアベルとして、或いは永遠のアベルとして、横的なラインにいるのです。今お父様をラインの上においた時、真の子女様は御父母様と私たちの間に来るのではありません。私たちは直接に真の御父母様とつながっているのです。私はそう信じています。しかしだからといって真の子女様を軽視しろということではありません。その点は誤解しないで下さい。当然私たちの真の子女様に最高の尊敬を捧げるべきです。しかし私たちの永遠の生命に関する限りは、私たちは真の御父母様を通さねばならないということをはっきりと知っていただきたいと思います。

 

有難うございました。

 

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