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2)真のお母様の神格化を煽る呉澤龍教授の講義の問題点

呉澤龍教授の真の父母様の生涯路程の講議案「メシア、真の父母、万王の王と私」で真のお母様の神格化を煽る問題点を、「統一世界”天暦2010年5月号(陽暦6月号)、62-75」に整理された内容をもとに解説します。

 

1.真のお母の完成(65-68)

 

1)娘, 妹, 妻, 母, 祖母, 女王, 神

「堕落によって、エバは娘, 妹, 妻, 母, 祖母, 女王の位置を失ってしまいました。のお母は上記の6段階を蕩減復帰した土台の上でと同じ位置まで進出しなければいけません」

6段階の復帰の原則は、真のお父様を中心とした全女性復帰の一般的原則と関連しています。それが真の父母様の生涯の心情基盤になったとしても、全摂理史の時代区分に適用するには無理がある観点です。このような試みは、必然的に人為的な解釈を引き起こすことになります。

み言葉の中には、6段階を娘 – 妹 – 妻 – 母 – 祖母 – 女王とも話されますが、妹 – 姉 – 妻 – 母 – 祖母 – 女王などとも定義されます。このような段階区分に対する比較整理も不十分です。(御言葉選集第305集、26-27;第306集、177、234、238-39;第308集、222-27等参照)。

6段階の復帰原則以外に8段階の復帰原則を言及した部分が多いです。もちろんここにも胎児 – 兄弟 – 婚約 – 結婚 – 父母 – 祖父母 – 女王 – 神様、 胎児 – 乳児 – 兄弟 – 婚約 – 結婚 – 父母 – 祖父母 – 女王、 胎児 – 乳児(娘)- 兄弟 – 妻(夫人)- 母 – 祖母 – 女王(皇后)- 神 の品格などの違いが見られます。

筆者の6段階復帰の原則による解析は、根本的な限界性を抱えながら進行されています。6段階復帰の原則とあわせて8段階復帰の原則に対する考察は、摂理史の時代区分において不可欠です。

特に真のお母様の復帰路程は、全人類の女性を代表して真のお父様との相対的関連性の中で、段階的、発展的に展開されるものなので真のお母様独自の復帰は不可能であり、そのような観点の摂理史の解釈は成り立ちません。(御言葉選集第305集、236;第310集、17;第312集、56;第313集、228-229等参照)

 

2)娘から 妹へ

(1)「最初に真のお母様は娘の位置から妹の位置に位相が変わる路程を歩いて来られました….1990年3月27日(陰3.1)第31回の父母の日の記念式典で、真のお父様は真のお母のの年を三十と言われました….統一教会の第2代として宣言されました。それは真のお母様が真のお父様とご成婚され、娘の位置から成長されたことを意味します。」

真のお父様は真のお母様と婚約された「真の父母の日30周年」を通して、「イエス様30歳真の父母理想」を復帰されて、家庭を中心として世界の基盤を越えられました。このため、「第31回真の父母の日…真のお母様の年齢を三十歳である」として「ご成婚され娘の位置から成長」されたという筆者の主張は、み言葉を単純に文字的に解釈した場合の間違いに該当します。

第31回真の父母の日はすでに真のご父母様ご夫妻が、父母の愛の一体理想を土台にして母を中心とした女性全体の解放圏を宣布された日です。また、国家の基準を超えることができる摂理の時に至り、サタン世界の王権を踏み、天の世界の王権を設定できるようになったという意味の日でした。(真の父母様の生涯路程、第10卷、296-98を参照)

1990年2月、真のお父様の古希記念行事の直後、全国的な「真の父母様歓迎大会」を基盤とし、2月27日に漢南洞公館において「天地父母王定着」宣言がありました。それからわずか一ヶ月後であるこの時になって娘、妹の設定は無理があり憶測に違いありません。

さらに、1976年シンイル様ご誕生、1982年信福様ご誕生、1987年シンギル様ご誕生により、真のお母様は家庭的な祖母の立場になられてから長い年月が経っていました。そのような状況であるのに娘、妹の論理は奇怪な妄言です。

(2)「真のお父様は、1977年2月23日(陰1.6)天地勝利の日(地勝日)が宣布されるまで、17年の間真のお母様を妻ではなく娘として接しながら育ててこられました」

「17年の間…妻ではなく娘として接しながら」ではなく、家庭的、氏族的、国家的な次元の妻(母)に育てて、世界的次元の妻(母)の立場になられたことが明らかです。(真の父母様の生涯路程、第10巻、179参照)

真のお母様が本物の「三十四才」を迎えられたのは、まさにこの日です。

真のご父母様は米国を中心とする霊的な世界的基盤づくりのための第3次7年路程(1975〜1981)を1976年9月のワシントン大会まで繰り上げ、勝利されました。そのような土台の上に、この日真のお母様の最初の証しと真のお父様のみ言葉を通しての父母ご夫妻の世界的解放と新しい時代の宣言があったのです。(真の父母様の生涯路程、第10巻、183参照)

その頃のみ言葉の中で、娘や妹の立場を設定したという根拠は見当たりません。筆者はそれに関するの明瞭な根拠を提示する必要があります。

(3)「のお母の7年路程を通しての神の日が制定され、(1968.1.1)」

「真のご父母様ご夫妻の7年路程を通して」がもっと妥当で適切です。

7年路程は真のお母様の絶対従順による家庭的な妻(母)再創造期間です。7年路程完結と神の日の宣言によって、家庭的父母勝利、家庭基盤の神の臨在、家庭的王がサタン世界を支配する時代に入れるようになりました。3家庭、36家庭、72家庭、124家庭などの祝福を通して氏族的基盤を造成され、第2次7年路程を通して民族的、家的基盤の造成とあわせて、世界路程進出を準備されました。(真の父母様の生涯路程、第10巻、124-27を参照)

 

2)妹から妻へ

(1)「二番目として、真のお母様は妹の位置から妻の位置に換する路程を歩いて来られました。」

妹が妻の位置に行くためには、婚約やご成婚の「花嫁」の段階を踏まなければなりません。その根拠はどこにあるのでしょうか。

(2)「天地勝利の日」を宣布することでのお母が完全に解放され、経済的自由を許され、歴史的な『天紀元年』と『基元節』宣布も可能になりました」

先立って1977年2月23日(陰1.6)天地勝利の日を宣布したことで「娘から妹へ換」されたと言及しましたが、ここで再びのお母完全解放」と言及した理由は何でしょうか。妹の転換が真のお母様の完全解放を意味しているのでしょうか。連結性が全くありません。

天地勝利の日は真のお母様解放だけでなく、それを土台とした真のお父様解放、すなわち真のご父母様ご夫妻の解放が全体的な意味です。真のお母様の完全解放だけを目立たせるのは良くありません。

「経済的自由を許可」されるのは「妹」ではなく「(世界的)母親」です。

その日「天紀元年宣布」はされましたが、「基元節」宣布はされたことがありません。根拠はどこにあるのでしょうか。

(3)「真のお母様はずっとのお父の後ろにおられながら、絶対信仰・絶対愛・絶対服従の人生を歩いてこられました。1991年7月1日、『神祝福永遠宣布式』が宣布されました。この宣布は、神がのご父母を祝福された基準が永遠だということを意味します。この宣言で真のお母様は真のお父様の後ろにおられたのがの位置に来られるようになります。」

1991年7月、神様祝福永遠宣布式は1990年4月モスクワ世界大会を通したカイン圏世界頂上王権屈服勝利を背景に霊・肉界が、神様と真の父母様を中心とした統一の道に還元してエデンの園の三大祝福である愛の理想を永遠の基準から再起させて、人類の蕩減圏を解消するという意味の儀式です。この日、祝福家庭氏族的メシアの登録を指示されました。特に、その翌月の8月、世界平和宗教連合と世界平和連合創設のための前提的な意味の行事でもありました。

筆者の主張のとおり、「神がのご父母を祝福された基準が永遠だということを意味」したり「のお母が後ろにおられたのがの位置に来られるようになったこと」はこの日の宣布式の中心的な意味ではありません。 「真のお母様が妹の位置から妻の位置へ」された事件でもありません。

1990年3月27日、父母一体理想を土台とした真のお母様の第2教主任命と女性全体解放圏宣布でご夫妻がサタン世界の王権を踏んで天の世界の王を設定された後、モスクワに入城して、サタン世界の王権を屈服されました。ところが、その翌年の7月になって「妹から妻の位置に転換」という主張は理屈に合わないことです。(真の父母様の生涯路程、第10巻、306-308を参照)

 

3)妻から母へ

(1)「第三に真のお母様は妻の位置から母の位置にする路程を歩いて来られました。のお父の位置に立たれたのお母が世界巡回を行い、真のお父様のみ言葉を代わりに宣布されます。特に、1992年4月10日の『世界平和女性連合創設大会』で真のお母様はのお父の『同等の位置』に立たれて公式的な姿を現わすようになります….」

「真のお父様の隣の位置」を何回も繰り返して強調する意図は何でしょうか。先立って1991年7月1日、隣の位置に立ったという内容と、この時、隣の位置に立たれた事の違いは一体何でしょう。

今までは母が後ろについてきたでしょう?でも、もうに立つことができる時になったため、女性解放時代が来るのです」(御言葉選集第230集、55)

このみ言葉によると1992年4月10日、世界平和女性連合創設大会の前まで真のお母様が真のお父様の後を付いて来たが、この時初めて横に立つことができたという事実を知ることができます。このみ言葉と、1991年7月1日、隣の位置に立ったという言葉はどのような関係にあるのでしょうか。

さらに、以前の時代は単に「妻」としての役割だけをされて「母」の役割はなかったのでしょうか。そのとき生まれた子女たち、そのとき重生した祝福家庭とはどんな関係なのでしょうか。彼らすべての母親は誰なのでしょうか。

1989年8月31日八定式と9月1日、天父主義、1990年2月27日天地父母の宣布などで、母親は誰なのでしょうか。すでにこの時も真のお母様は母の立場におられました。

(2)「真のお母様が聖婚式以後33年を過ごして34を迎える第34回『父母の日』を迎え、『の父母定着時代』が宣布されます。(1993.4.7、陰3.16)」

この日の行事は、筆者の主張のように「真の父母様定着時代」宣布の意味に限定されません。それは、すでに到した「の父母と成約時代」宣布によるの父母の定着と世界的解放によりイエス夫婦の定着及び霊・肉界の自由往来と興進家庭を中心とする基盤と連結される儀式としての意味が重点です。(真の父母様の生涯路程第9巻、41を参照)

 

4)母から祖母へ

(1)「第四に、真のお母様は母から祖母の位置にする路程を歩んでおられます。真のお母様は1999年に世界80ヶ都市巡回講演をされました。世界巡回の勝利を祝う大会が米国ベルベディアで『真の父母様東西洋(地球星)勝利祝賀宣布』大会が(1999.5.30)、韓国の蚕室(チャムシル)室内体育館では、『の父母天宙勝利祝賀宣布』(6.14)大が開催されました」

「母」が「祖母」になるのは、「祖父」と「孫」を通してですが、今回の巡回講演や宣布などでそれと関連する摂理的条件は何でしょうか。

(2)「その時、真のお父様は『世界平和家庭連合』と『世界平和超宗教超国家連合』創設者の名前で真のお母様に『天の前にの子女の使命、夫の前にの妻の使命、そして子女の前にの父母の使命を全うされました』という宣布とともに表彰牌を授されました。この時から真のお母様は神様が公認された立場に、サタンが公認した立場に、人類が公認した立場に立つようになります。その場はのお母のお父と『同等の立場』に上がることになったことを公認してくださったのです。これにより、男女平等時代が開かれるようになりました。」

この日真のお母様に対する表彰は、「キリスト教をはじめとする人類の宗教圏を超えて勝利の版図圏」に立ったので、「アダムの前に失敗をしたエバが復帰された価値として同じ立場に入籍して行動」する資格を付与する意味がありました。厳密には「同等な立場」より「等な立場」に立たれたのです。また、一般的意味の単純な「男女平等権時代」よりも「を中心として、男女平等時代‘」、「女性解放」の本質的意味に重点があります。(御言葉選集第302集、231参照)

このような意味を持つこの日の宣布が「母から祖母に」とはどのような相関性があるのでしょうか。ここで「祖父と3代圏」の相対的役割は何でしょうか。

この日の宣布は真のお母様の、天宙的基準の勝利と女性解放の教育、真の父母様の天宙的基準の勝利と解放宣布の意味が重点です。単純に、「祖母」昇格という根拠は非常に弱いです。真のお母様の表彰は、真のお父様と神の勝利を前提に家庭定着基盤で第4次アダムの道を開かれる事としての全体的な意味が重要です。(御言葉選集第302集、233;第323集、84-85参照)

 

5)祖母から女王へ(1)

(1)「第五に、祖母から女王の位置にする路程を歩んでおられます。2000年2月13日(陰1.6)を中心として、真のお父様の80歳のお祝いが開かれました。真のお父様は韓国で23ヶ都市巡回講演をされ、真のお母様は日本4ヶ都市、米国と南米とヨーロッパでそれぞれ12ヶ都市、全40ヶ都市巡回講演をされました。」

今回の巡回路程は、「真の父母が伝授する世界と南北統一の教本」である「世界と南北統一は真の愛によって」というみ言葉を世界61ヶ都市に伝授する大会です。これが祖母から女王に転換されることに、具体的にどのような条件と根拠を持つのでしょうか。

(2)「2006年6月1日のお母の巡回講演の勝利を祝う祝勝ガありました。その場で真のお父様は、2006年6月1日を『第2次ノアの40日の洪水審判後、新しい定着の日』と宣布されました。創世記68を学的に研究すれば、ノアの洪水審判は40日間雨が降り、61日の間は溜った水が抜けて、103日目を迎えノアの家庭が地上に着地したことがわかります….正確に103日です。のお父はその日付を知っておられたので『第2次ノアの40日の洪水審判』が終わって地上に着地するその日に合わせてのお母のお父と『同じ威』を持つようになったと宣布されました。続いて文亨進世界会長の家庭の二番目の息子様であられるシンマンニム『103日のお祝い』をして下さりながら、これからは生まれてくるすべての祝福の子女たちに103日のお祝いをしてくれることを宣布されました」

ここで、「真のお父様と同じ権威」との関連性は何でしょうか。

この日は、「祖父母」が「孫」の百日を103日に延長して記念なさることによって「3代横的な基盤を連結させて」「真の父母様定着」運勢によって、天の祝福が「4次アダム圏時代」に完結されることを祈願する日でした。これと「女王に」との関連性は何でしょうか。

筆者が主張した「103日目を迎え、ノアの家庭が地上に着地した事実….正確に103日….真のお父様は、『その日をお知りになり』103日と決めた」というより、「お祖父さんお祖母さんが居られなかったため3日延長したのが、その日が摂理的連結点と一致したもの」と見る方が自然ではないでしょうか。 6月1日、ノアの家庭着地についての御言葉は、それ以前の時代にも何度か言及されたことがあり、この日初めて宣布された特別なことではありません。

創世記6〜8章の「学的研究」の根拠は何でしょうか。聖書の記録上、洪水審判が開始されたノアが600歳の2月17日から6月1日までの期間がおよそ103日ほどと考えられる。しかし、ノアが601歳の1月1日に開門し、2月27日に水が乾いたので、6月1日に103日ぶりに着地したという話については、より慎重で客観的な意味の整理が必要です。(御言葉選集第323集、129-130、132、134-135、140-141、147-140を参照)

 

6)祖母から女王へ(2)

(1)「第六に、祖母の位置から女王の位置に昇格される路程を歩いて来られました」

先立って、すでに「祖母から女王に」転換されましたが、なぜここで再度繰り返して「祖母から女王に」行くのでしょうか。何のために二度繰り返されるのか、その理由から明らかにする必要があります。

(2)「2003年2月6日(陰1.6)真のご父母様が『天地父母様天一国開門祝福聖婚式』と『天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式』を挙行されました。のお母が2003年度の完成期完成級まで成長されたため….挙行することができました….1960年の聖婚式は長成期完成級で行われた聖婚式です。その時から43年の間進められた真のお父様の第一次摂理の目的は、のお母を完成期完成級まで成長させることでした。」

「1960年度の聖婚式は長成期完成級で行われた」ことは事実ですが、真のお母様がその後、2003年2月6日(陰1.6)まで「43年の間成長」して完成期完成級に至られたということが話になるのでしょうか。そこにおいて「成長」と「完成期完成級」の意味は正確に何なのでしょうか。すでに「祖母から女王へ」昇格される路程に居られる「お祖母さん」にとって、「成長」の意味とは一体何なのでしょうか。

「真のお母様の完成」は7年路程を通した「家庭的母」、「氏族的母」の完成から始まり、各段階摂理的勝利圏が背景となっています。2003年に「完成」を主張するには、その前提条件が明示されなければなりません。(御言葉選集404集、290-292を参照)

(3)「2003年3月10日『天宙平和統一家庭党』が結成され、2003年3月16日イーストガーデンで行われた聖日敬式から真のお母様は真のお父様に敬拝を捧げなくなります。のお父のお母が『一体』になられたためです。『天地父母様天一国開門祝福聖婚式』と『天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式』の結果として、神は父から父母の姿で現われるようになります。のお母は地上と界で同時に役事されるようになり、祝福家庭は第4次選民圏時代へ入ることになります」

この時、「真のお父様と真のお母様が一体」となられたことと、過去成された一体との違いは何でしょうか。また、時・空間の制約圏に居られる真のお母様が「地上と霊界で同時に役事」されるという根拠や具体的な方法と意味は何でしょうか。

 

7)体の神から万王の王の路程へ

(1)「第七として、体の神から万王の王の路程を歩いて来られました。2006年6月13日、『天正宮入宮式戴冠式』が行われました。この礼式ではのお父が天の父の体を使われのお母が天の母の体を使われ、体の父なる神、体の母なる神の位置で、『天正宮入宮式戴冠』を挙行しました。天正宮入宮式直後に行われた戴冠式は、『天宙平和統一の王戴冠式』です。この戴冠式は、神が真のお父様と真のお母様の中に臨在されて神とのご父母が完全に一体になられた中で行われました。

….2006年6月13日以降からは、もはや神の父母別する必要がなくなります。神の中に真の父母が、真の父母の中に神様が臨在されるためです。の父母が『神体』になられたのです」

一体、完全一体、完成、体、実体などの用語を明瞭な概念を区別せずに続けて、重複、繰り返し、混用する問題が深刻です。主要な摂理的行事のたびに繰り返される用語の乱用現象が混乱のもとです。一体と実体というものが、とある行事の当日に限定された一回性の事件でしょうか。以前に成し遂げられた一体と実体がいつ、どのように、なぜ分離され、そしてその日になり再び一体と実体となられるのか疑問です。2006年6月13日、真のお父様と真のお母様が神の実体になられたことと、2009年1月に神の実体になられたこととの違いは何でしょうか。

「神様と真の父母様をもはや区別する必要がなくなった」という断定が、「創造理想を完成したアダムとエバが、すなわち神そのものであるわけではない」という要旨の原理的観点から妥当なのでしょうか。

(2)「真のお父様は生涯を通じて、メシヤの路程(19201960)、の父母の路程(19602000)、そして万王の王である神の路程(2001年現在)を歩んでこられた方です」

1960年以降はメシアではないのでしょうか。2001年以降は真の父母ではないのでしょうか。 1992年のメシア救世主再臨主真の父母宣言は何でしょうか。2001年以降、真の父母の名前を前面に出した摂理は何なのでしょうか。2009年の万王の王神様解放圏戴冠式の前の祝福家庭王、平和の王の時代は何でしょうか。

各時代の主題設定の過度の単純化、摂理解釈の偏重的な図式化の誤りがうかがえます。同時的であり立体的に展開される全体的な脈絡を考慮した包括性のある主題の設定が要請されます。

特に、「真の父母の路程」という主題の下で全体の摂理時代の記述を「真のお母様」を重点的に展開しながら、人為的な時代区分をしようとする意図と理由は何でしょうか。真のお父様はなぜ欠落したのでしょうか。「真のお母様」中心の記述は「真のお母様の路程」であるとき、妥当性を得ることができます。

(3)「実際に、1977年2月23日までの統一教会理はのお父が責任を持つでした。1977年から2003年までの理はのご父母が責任を負うでした。そして、2006年6月13日以降の理はのご父母が責任を負う時代から神が責任を負う時代に変わるようになります。今はの父母の体を使われた神が責任を持って前面に立ち、摂理を直接主管しておられます」

「また3億6000万双の大転換時期を中心として、再度、父母が責任を負うのです。これからは神の前に責任を嫁さないのです。私が責任を持つのです」(御言葉選集第302集、231)

例に挙げたこのみ言葉によれば、「3億6000万双の大転換期以前は神が責任」を負われたのであることを前提にして、「この時から再度、真の父母様が全体を責任」とられるということです。

そのような側面から見たとき筆者が2006年6月13日以降のみを神の責任時代だと限定する時代区分が妥当でしょうか。3億6000万双祝福以前の神様の責任と真の父母様の責任の限界、全時代の責任の所在に対するより綿密な検討と整理が必要です。

筆者が言った「1977年2月23日までの統一教会の摂理は真のお父様が責任を負う摂理」で、「統一教会の摂理」という表現が適切でしょうか。

そして2003年までの真の父母様の責任期間終了後から2006年6月13日、神の責任期間の開始前まで、3年間の空白期間は誰が責任を負われたのでしょうか。

筆者の言葉通り、神が真の父母様の体を使われ主管されるならば、直接であれ間接的であれ結果的に、実際の主管は体そのものであられる真のご父母様がなされるのではないでしょうか。あえてこの時、直接と間接を区別する意図は何であり、ここで直接と間接の明確な違いとは何でしょうか。

 

2.メシアからの父母路程に換する愛勝日とダンベリ事件(68-69)

 

1)「真のお父様がメシア路程からの父母路程へ、理の大を迎えるようになったのは、のお母真のお父様の後ろ位置におられたのがの位置に立たれた時からです。のお父の位置に立たれた機は愛勝日とダンベリ事件です。愛勝日は1984年1月2日興進様の昇華によって出てきた単語……..真のお父様はダンべリーに13ヶ月の間おられました。(1984.7.20〜1985.8.20)」

全体の時代区分で、すでに「1960年から真の父母の路程」が始まったと言いながら、なぜ24年も経った「1984年に真の父母の路程へ大転換」を迎えているのでしょうか。それ以前は、どんな時代なのでしょうか。

66頁で、’1991年7月1日、神様祝福永遠宣布式で真のお母様は真のお父様の後ろの位置におられたのが「の位置」に上がられたという規定と、それよりも7年前の1984年の愛勝日とダンベリー事件で「の位置」に立ったことと、その「横の位置」はどのような違いを持つのでしょうか。

2)「….のお父はダンベリの休暇期間に(1985.4.410)行われた第26回父母の日を主管されて、特別儀式である『登極式』をされました….真のお父様と真のお母様が袞竜の御衣と翟衣(礼服)を着られて….この儀式を通してのお母の威信が自然に真のお父様のの位置に立たれるようになります。その結果、ダンベリの事件以後から摂理はのお父一人で進めるメシヤの理ではなく、のお母が同行する『の父母の理』になります。ダンベリの事件から、真のお父様の摂理はいつものお母が同行されます。そのため6回刑務所に行かれたすべての摂理も自然に相続されて『7死復活8段完成』をの父母ご夫妻が一されます」

先に「1960年からの父母の路程」として区分しておいて、再び「真の父母の路程への大転換」は、真のお母様が真のお父様の「横の位置」に立たれた愛勝日とダンベリの事件だと定義した後、またしても「真の父母様の摂理」を「ダンベリ事件以降からの摂理」または、「ダンベリ事件から」と何度も覆す理由は何でしょうか。「真の父母の路程」と「真の父母の摂理」の違いは何でしょうか。その明確な転換点はいつでしょうか。

真のお父様がダンベリーの受難期間中、真のお母様は「のお父代行」の役割を遂行されたことは事実です。実際に、時・空間的に限界が明らかな現実において「同行」の意味は何でしょうか。

先立って69頁で、「1977年から2003年までの摂理はのご父母が責任を負う摂理」と規定し、再び「ダンベリ事件」を期して「の父母同行」と再規定するのであれば、1977年からダンベリ事件までは誰が責任を負ったのでしょうか。まだのお父一人なのでしょうか

1990年3月27日(陰3.1)、女性全体開放圏宣布と真のお母様第2教主任命当時、真のお父様が「今は先生が居なく、母だけ居たとしてもみ旨に何の支障もない。そういうことですよ」と語られたみ言葉と「真のお父様の摂理はいつものお母が同行される」ということとの関連性は何でしょうか。

筆者が言った「6回刑務所に行かれたすべての摂理も、自然に相続されて『7死復活8段完成』を真のご父母様ご夫妻が一緒にされます」で、いわゆる「7死」の事件と呼ばれる2008年7月19日のヘリコプター苦難事件も、「の父母同行」の延長線上の自然な結果として見る歴史認識が望ましいのでしょうか。

 

3.の父母の路程から万王の王路程への換は天宙平和連合(69-71)

 

1)「天宙平和連合創設大(2005.9.12)を通して真の父母様の生涯路程は、『万王の王神』の路程に変わることになります」

「2001年から万王の王の路程」とした前提と「2005年9月12日、万王の王神様路程へと変わることになる」という主張は、どのような関係を持つのでしょうか。万王の王に変わるようになった決定的な転機が「天宙平和連合創設大会」であるという確定的根拠は何でしょうか。

2)「天宙平和連合創設」以後からの摂理は、神が前面にて直接理を主管するようになります。「天宙平和連合」を創設され、のお父は神の立場で世界120カを直接巡回されて…第二次世界巡回は真の父母の立場からのお母が3人の子女されて世界180カを巡回…途中で帰国され、「天正宮入宮式戴冠式」を挙行しました。その時から、摂理はメシア、の父母が主管する理ではなく、神が直接主管する神のに転換することになります….真のご父母様はもうこれ以上神様に敬拝を捧げません。このような段階を経て、の父母としてののお母のすべての責任が果たされました。”

「平和神経」などで見るように、平和の王であれ万王の王であれ本質的なアイデンティティや根本的使命は、「真の父母」です。そうであるのに真の父母としての役割路程を、ある時点で人為的に断絶させ、終結させる理由とその権限の根拠は何でしょうか。(平和神経、49、50、305を参照)

「万王の王神様解放圏戴冠」と「天地人真の父母定着実体み言宣布」時代を、「メシア、の父母が主管する理ではなく、神が直接主管する神の摂理へ転換」という主張や「の父母としてののお母のすべての責任が果たされた」という主張が妥当でしょうか。

真のご父母様は「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」でも、「真の父母様夫婦」が「神様解放」と「人類救済」のための「実体真の父母の使命を完遂」するために、「そのどんな時よりも深刻な日々」を生きておられて、「神様の直接主管権時代」は「一つの家庭で霊界の家族と8代まで同居同楽しながら一緒に暮らさなければならない、天宙安息圏の時代」であると説いておられます。

 

4.のお母の責任完遂宣布(70-71)

 

1)「2008年4月6日ハワイキングガデンで行われた第49回の父母の日の記念式典で、『真のお母様の責任完遂』が宣布されました….この時真のお母様は界にいらっしゃる文孝進と文興進をカインとアベルとして、地上の文顯進と文國進をカインとアベルとして立てられ、真のお父様に敬拝をささげました。敬拝を受けられた真のお父様はのお母の責任が果たされたことを公式的に宣布しました」

「平和神経」などによると、真のお母様の摂理的な基本的使命は人類の最初の家庭でエバが失った血統圏とカインとアベルの統一圏を復帰し、還元させ、真の父の前に導いて父母権復帰の基台を果たし、神が臨在される三代圏モデル的理想家庭を定着させ、天宙平和連合などを通し霊・肉界のカインとアベル両世界を和合統一させ、神様のもと一つの家族を成す平和理想世界王国を産出されるものと要約されます。

筆者の論理はそのような基本的な真のお母様の責任完遂の条件と限界の究明さえ不十分です。単純に子女たちと手を取り合って祝祷を受けて宣布されることが責任完遂の全てとはいえません。

真のお母様の責任完遂の基本的鍵は、霊・肉界のカインとアベル一体化の基台です。そのような点で、2008年4月6日までの「真のお母様責任完遂」基盤がその後も有効なままなのでしょうか。2008年以降のカインとアベルの分裂現象との関連性の下で基本的な診断記述が必要な私案です。

2)「(2008年)4月18日天正宮で文亨進の世界平和統一家庭連合世界長の就任式が行われました。その場で真のご父母様は文亨進会長に3つを相続させてくださいました…み言葉…祝福の権限…実体権….」

真のお母様を中心に、孝進様と興進様、顯進様と國進様を立てられた重要な宣布式に続いた亨進様の世界会長就任の相互関連性は何でしょう。真のお母様責任完遂の前提基盤としてお兄さんたちの一体化を強調した後、これと直接関係のない息子様を突然抜擢し相続権が流れ過ぎていく摂理的、現実的理由は何でしょうか。摂理的宣布と実際の現実状況との乖離の解明が要請されます。

真のお父様は亨進様の世界会長就任後も真のお母様を中心としたカインとアベル子女一体化重点摂理を引き続き促進しておられます。

「今日は(2008年)11月8日であるけれど、9日目になるのです。 9日目になるのに、摂理的に見る時、すべてのことを宣布したのであれば、9数を越えなければなりません。そう、お母様がもう今日、«平和の神»の16章を読んで、その次には先生の息子の中で亨進が読むのです。カインとアベルになっただけに、大韓民連を代表した米の顯進と亨進が、母を中心として一つになるのです。一つになった、その基盤の上でその次は郭錠煥、善祚梁昌植、環太平洋理の責任者、劉正玉が順を追って繋がり、一つになったという証としてこれを朗し越えて行かなければならないということを知らなければいけません。」(2008.11.8、天正宮、統一世界2008.12)

3)「2009年1月15日と1月31日、韓と米で行われた『万王の王神解放戴冠式』は、のご父母が一体となられて万王の王として、全体全般全能の限を行使するということを天下に宣布する儀式でした…..その権限を行使する時最高の武器は、『絶性』です。その戴冠式で文亨進世界長夫婦は…袞龍袍と王冠をお召しになり行事に参席….韓国でくださったた『平和神経』には『文亨進中殿、ヨナ中殿妃』と直筆のサインも….2010年6月5日天正宮で行われた訓読会の時間に『父母に代わる者、相者は文亨進だ』と宣布し、そこにサインしてくださいました….」

「万王の王神様解放圏戴冠式」の行事の唯一の中心は神です。これは、真の父母様の生涯路程の最終目標である、神様解寃成就遂行の一環として真の父母様が神様に奉献して差し上げた忠孝の心情的摂理的事件に違いありません。戴冠式の意味が急に文亨進会長の相続問題一辺倒に流れる論調は、心情的摂理史の認識において深刻な問題を公開しています。

「中殿」は、常識的には「王妃」、the Queenをさします。明確な意味の整理のない真のお父様直筆原文の額面公開引用は極めて思慮深さにかける処置です。

4)「宣布文を受け取るときの文亨進は言葉で言い表すことのできない心情の重さを感じられたそうです….の愛を中心とした代身者、相者は相のために死ぬまで、僕の道を行かなければならず奴隷のような道を行かなければならないためです。

…真の父母様にとって文亨進世界会長は、これ以上の選択権がない最後の選です。長男には血統的長男があり摂理的長男がいます。文孝進は真のお父様とお母様の間に生まれた血統的長男でした。血統的長男が摂理的責任を担当する摂理的長男になれば、最も美しいです。しかし、さまざまな困難のために血統的長男が理的長男の責任を担うことができなくなれば、弟にその責任が渡ることもあるという事実をわれわれは知っています。今は、文亨進世界長が仕方なく理に責任を持つ摂理的な長男となられました。神様と真の父母様にとって文亨進世界会長はこれ以上の選択権がない最終的な選です….」

筆者の主張のように亨進様はその後から今まで「相手のために僕の道、奴隷のような道」を歩んでおられるのでしょうか。まず2008年11月8日、真のお父様が真のお母様を中心として一つになりなさいと願われた「顯進様、郭錠煥、黃善祖、梁昌植、劉正玉」のためにも、その道を行っておられるのでしょうか。

孝進様と顯進様以外には、ほとんど摂理的活動の開始段階にある若い年配の真の子女様たちにとって、「神との父母にとって…最後の選」という速断と確言が時期的に適切でしょうか。人類と歴史の前に持続的に責任を負うことのできる主張なのでしょうか。

摂理完成時代に理的長男と血統的長男の区分と表現が適切でしょうか。神様の摂理史の哀歓と恨みが、その「血統的長男」を失い「摂理的長男」を立てなければならなかったことにあったことを知っているのでしょうか。急いで「摂理的長男」の確定公布をしようとする意図が何なのでしょうか。

孝進様の場合、1998年7月顯進様の家庭連合世界副会長就任式に参席して心からお祝いして下さったので顯進様の長男の役割承継の出発は、心情的共感と摂理的正統性を持ちます。亨進様の場合、末の息子として「摂理的長男」の立場に立つために、本来長男の使命権者である顯進様の推挙とお祝いを受ける過程がどのような形で行われたのでしょうか。

天的な使命と役割は、縦的な選択と召命だけで完成されることはなく、徹底的に横的な責任と公認基盤による「他体自覚」によって実現されるということは、先に筆者が「召命」を「自覚」と置き換える過ちを犯してまで主張した脈絡で摂理原則です。選択権に対する過度な強調よりも、選択された者の正当な責任問題を謙虚に省察することが望ましいです。

 

5.のお母の完成の結果(71-72)

1)「のお母は責任を完遂されて体の神の位置まで上られました。真のお母様の完成の結果は、正分合作用の完成を意味します。人類の歴史以来、初めて体的な三位一体が完成したことを意味します….今は、神様と真のお父様と真のお母様が正分合作用でいうところの統一体となられました。

…神様の創造目的は簡です。神様がアダムの体を使ってエバを妻として迎え、『性』を中心として、初愛を通して喜びを感じることです。 『絶対性』を通して直接喜びを感じることです….のお母は肉体をもってこの地に来られてのお父を通して完成され、ついに聖父聖子聖女のひとつの立場を占めるようになられました」

「絶対性」は神様の創造理想の基本的な土台である、真の家庭の完成の基本的な要件であり、創造目的完成の重要な必要条件に該当します。ただし、それが「簡単」と説明されるように、創造目的の全てを意味するわけではありません。(平和神経、169参照)

真のお母様が「正分合作用の完成」によって、「始めて実体的な三位一体を完成」し、「統一体」を成すことが「完成」の「聖女」の位置を占め、「実体の神様の位置まで」上がる「真のお母様責任完遂」のすべてなのでしょうか。 「真の夫婦の完成」が真のお母様の完成のすべてなのでしょうか。

「平和神経」のみ言葉が示すように、創造目的は四大心情圏と三代王圏を成し遂げた、神様の真の愛を中心とした真の家庭完成を基礎にして、神様のもとの一つの家族を成すものと要約されます。しかし、なぜ創造目的を三位一体の範疇に限定させて四位基台は言及しないのでしょうか。なぜ、三代圏の真の家庭の勝利は言及しないのでしょうか。 「平和神経」をもう一度見てください。(平和神経143、241、140参照)

2)「『完全な位置』に上がられたのお母は(2008.5.14)『万王の王神解放戴冠式』を通しての全体全般全能の限を行使しておられます。その結果、真のお父様はメシヤから真の父母へ、の父母から『万王の王』の座に上がるようになられました。 『アベル国連定着戴冠式金婚式及び昇華祝祭』(2010.4.29〜5.9)で、金婚式はのお母を神の妻の位置まで上げる神聖な聖婚儀式でした」

真のお母様が「完全な位置」に上がられたという、その宣布の直接的基盤となる「顯進と國進の一体化」は、その後すぐに瓦解され今日の尖鋭な対立構図を量産しました。このような状況で行われた2010年の真のご父母様の金婚式を通して「の妻の位置」に上がられることが可能なのでしょうか。

現状では、「真のお母様完成」を叫ぶよりも真の真のお母様完成の意味とも言うことができる、真の家庭三代圏の一体化のために悩む姿を見せることが望ましいでしょう。根拠が脆弱な断片的資料の掛け継ぎと、前後矛盾で綴られた言語遊戯による合理化の試みは、ややもすると真の父母様の神格化、特に真のお母様の神格化を図る歴史的政治師という評価を受けることになる余地が十分にあります。

 

6.の解放と完成(73)

 

「第四に、真の父母様の真の愛は神様の解放と釈放と完成によって現れました….2009年1月15日、『万王の王神様解放圏戴冠式』での父母の体を使って界と地上世界で全体全般全能の限を行使されるようになりました。目に見えない神様が見える神として現れて界と地上世界を直接治める時代が開かれたのです….今、のお父体の父なる神のお母体の母なる神の立場におられます….」

真のご父母様は時・空間の制約のある生活圏で私たちと苦楽を共にしながら、無形の神様の心情圏体恤と相続、その理想実現のための生活を模範として実践されて教育して来られた、生きておられる人類の親であられます。そのように同時代に現存される実体の真のご父母様を無形の神様の立場、霊・肉界を網羅して権能を行使される超越的存在として分離させようと努力する意図は一体何でしょうか。

無形の天宙真の父母様が有形の天地真の父母様と縦・横的に一体をなして、私たちの前に立たれたのは、ずいぶんと前から厳然たる事実なのになぜ、2009年初の特殊事件であるかのように大騒ぎなのでしょうか。当初から神様の実体であられる真のご父母様は2009年に至り、「万王の王」の威信と資格と価値と栄光を持っておられる神様と一体となった実体であられます。その後も、真の父母様の責任路程は続いています。

直接的であれ間接的であれ、神様の直接統治時代とは何のための時代なのでしょうか。神様の解放釈放完成の具体的な結実地はどこなのでしょうか。直接統治時代の到来に体する過度の強調よりも、名実ともに統治が可能な実体的対象圏と現場確保に向けた具体的課題の考察が不十分です。(2009.4.9、天正宮、統一世界2009.5を参照)

 

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