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6.文國進理事長の説教-フリーダムソサエティ

理想(世界)建設の為のたちのビジョン

 

文國進理事長

英国ロンドン市内ロイヤルナショナルホテル

今日この場を用意して下さり感謝いたします。皆さんに会って非常に嬉しいです。私どもはアジアと韓国で非常に忙しく過ごしています。私達の教会は多くの発展と成果を成しました。皆さんの中に「強い大韓民国」に関する講演を聞いた方が何人程いらっしゃいますか。(聴衆の何人かが手を挙げた)

多くありませんね。 現在アジアで中国が軍事力を強化させていることについて知っていますか。そうです。中国はアジアで非常に意味深長に軍事力強化に力を傾けており、それに、極めて攻撃的です。ところで欧州言論界でこのような内容に関する報道をしていないことは残念です。以前にも人々はどういう国が軍事力を強化させているかについて関心を持ちませんでしたが、そのために結局彼らは第2次世界大戦に巻き込まれてしまったことを知らされたのです。記憶していらっしゃいますか。世界大戦が欧州全域を破壊しました。ヒトラーの軍事力や当時の彼らの戦争能力は一瞬に成し遂げられたものではなく、戦争挑発まで約10年間かけて軍事力を強化させてきました。ご存知ですか。ヒトラーが軍事力を強化させている時に英国やフランスでは皆が「まさか、ドイツが戦争をするわけがない」と言っていましたが、しかし戦争は起こりました。ですからこの内容に注意を傾けて下さい。明日は多くの著名人たちに「強い大韓民国」の講演をする予定ですが、今日は兄弟姉妹の皆さんに少し違った話をしようと思います。

皆さんも見てお分かりのように、今日の題目は「自由社会 – 神様の理想(世界)建設の為の私たちのビジョン」です。皆さん、私たちは天一国、天国の話、真の父母様が使命を完遂なさった理想世界の基盤を全て成し遂げられた、といった話を沢山してきたでしょう。しかし実際、今日に至るまで私たちは天一国が一体どういうものなのかということについて正確かつ充分な説明ができないでいます。天国とは何でしょうか。天国の政治とはどういうものでしょうか。経済とはどういうものですか。天国とはどんな構造になるのでしょうか。このような質問に対して私たちは答えられずにいますが、もし私たちが天国を建設するなら少なくとも設計図がどのように造られているのか知らなければなりません。そうではないですか、恐らく。(はい)

こういう主題は面白そうですか。(はい)

それなら話しましょう。創造原理で学んだように、神様は人間をご自身の子女として創造し、三大祝福、即ち、個性を完成すること、家庭を作って(子女を)繁殖すること、そして被造世界を主管することを人類に伝授しようとなさいました。この事実は皆さんが原理を通じて学んでいます。しかし、この三大祝福の相続を受けさせる為に神様はご自分の子女たちに自由意志と自由、そしてそれと共に責任分担を下さいました。

アダムとエバは成長して自分で生活し、三大祝福の相続を受ける予定でした。そして、自由と責任を相続すれば、その創造過程において神様とパートナーになり、さらに進んで神様が人間に下さろうとしたもの、願われてきた被造世界を相続する為の必要条件を成立させることが神様の願いでした。しかし、既に私たちが聞いてきたように、エデンの園の時代には神様の願いは成就することができませんでした。

神様は本来アダムとエバが自分の子女になり、天使長を神様とご自身の子女に侍るための僕としてエデンの園に創っておきました。しかし、エデンの園でどういうことが起こりましたか。堕落です。その過程で天使長はアダムとエバの僕の立場から主人の立場に変わりました。彼が自分自身の位置を離れたのです。彼がアダムとエバを主管することによってアダムとエバを神様から離れ去らせました。

天使長は僕として出発したにも関わらず、結局はその反対にエバを誘惑し、その次にエバは天使長と共にアダムを誘惑しました。この誘惑の結果として人間の堕落が起こり、私たちは三大祝福さらには自由と責任を失ってしまったのです。この事実は皆さんも原理を学んでいるので理解していらっしゃるでしょう。そうですか。ここにいらっしゃる皆さんは原理を学んだでしょう。(はい)

それで堕落の結果がどうなりましたか。堕落の結果、歴史上大部分の人類は独裁者や専制君主の主管の下に生きるようになりました。人類は奴隷や僕になるように抑圧され、独裁者や王たちの為に強制で闘い争うようになっていき、(人を)殺害したり大量虐殺を行ってきた事実を私たちは目撃してきました。これが私たちを戦慄させる苦難の人類歴史だったのです。しかし、神様は摂理を通じて人類を復帰しエデンの園に人類を再び連れ戻すことによって、彼らが創造目的を完遂することができる機会をもう一度持つように役事してこられたことを私たちは知っています。結果的に私たち人類は堕落して(エデンの園から)追放され、神様の祝福を失うようになりましたが、自由に対する記憶は未だに残っています。そして歴史を通じて見る時、歴史の大部分の性格は独裁や暴政でしたが、エデンの園において堕落以前のアダムとエバが生きていた当時の記憶を反映したかの如く、自由の片鱗が現われた何度かの機会が歴史上にあったのです。

私たちはこの自由の片鱗を ~一瞬の復興、民主主義の復活や民主主義誕生など~ 古代ギリシア時代とローマ共和国時代において見ることができました。しかし問題は、歴史的にこのような基本的な理念、自由と民主主義は持続可能ではなく、いつも消滅してしまったのです。アリストテレスは「共和制は民主主義によって陷落し、民主主義は専制政治によって陷落する」と言いました。自由は瞬間的に現れては消え、これこそ正に私たちが目撃してきたことです。希望は瞬間的に現れては消滅するというのが悲しい人類歴史でした。

アテネの民主主義に見られるように、人々は指導者を選ぶ為に投票をすることから始めましたが、民主主義の進歩と共に指導者たちは単純に民衆が好むことを基本にする国家政策を追求するようになりました。しかも「さあ、私たちは前進してスパルタの人々と闘いましょう」「私たちはスパルタの人々より優れていなければなりません。 私たちは民主主義だからです」というように立派な演説をして、国家には何の利益もなく、寧ろ国家を滅亡させる民衆が好みそうな政策を追求したのです。最終的にこのような政策を追求した結果として国家はフィリッポス2世に征服され、自由国家アテネは国王の支配下に陥るようになったのです。彼らは自由を失い、民主主義は消えていきました。

これと同じようにローマでは最初の500年間は国民が選挙で議員を投票で選出し、議員たちが国民の利益の為に国家を運営するというローマ共和国が存在しました。しかし、ローマ共和国の末期に向かって民衆たちの好む政策が出現し始めました。貧しい人々に土地を分配するとか、とうもろこし配給の助成金を支給するというものなどです。「私たちは無料であることを願う。無料でくれ」と、責務を捨てて民衆に提供することなどがその例です。

国家が無料で提供することが窮極的に国家を破滅させ破産させたのです。民衆が好む政策、人気はあるが持続不可能な政策を展開した結果としてローマ共和国は崩壊し、ローマは独裁体制に変わったのです。民主主義は短期間だけ現われましたが、人気至上主義が民主主義の終焉をもたらし、結局は専制や独裁体制が民主主義に取って代わるようになりました。私たちは今日の世界でも人気至上主義の事例を見ることができます。 例えばアルゼンチンのペロン大統領は「貧しい人々を助けてあげよう」と言いました。「貧しい人々を助けたり食事を提供して社会を平等にしよう」と叫びながら彼は独裁者になり国を滅亡させてしまいました。彼の選挙当時アルゼンチンは世界で 10番目に富裕な国でしたが、彼の治世が終わった以後は最貧国の一つになってしまいました。ヒトラーとナチに関してはそれがどんな結末を迎えたのか皆さんもよくご存知だろう思います。また他の事例として、ベネズエラのウゴチャベス大統領がいます。彼は人気至上主義を使って本人が自らを独裁者に仕立てました。今日もう一つの別のシナリオがここ欧州で展開されているのが見られます。ギリシアを見て下さい。国民が好きな政策即ち「無料のもの」をギリシア国民に提供し、もっと多くを『私』の為に無料にする政策を広げた結果として国家が破産し、欧州の独裁に頼らなければならない状況です。即ち、ギリシアの民主主義が欧州の独裁主義に変わりつつあるのです。また南欧では社会福祉の為の費用が収拾できなくなったといった問題を起こしています。毎日イタリアでそういう状況を見ていらっしゃるでしょう。歴史的事例を見て下さい。民主主義から出発したのが人気至上主義に退歩し、それが常に独裁専制政治を引き込むようになるのです。

皆さんもご存知のように、メシアの使命は地上降臨して創造目的を地上で完成して神様の三大祝福を相続すること、即ち神様の家庭と主権を完成することにあります。メシアは自由と責任を相続させて全人類が地上天国に入って行く為の道を開く為にいらっしゃいました。私たちも原理を通じて学んだように、世界がアダムとエバの堕落当時のような状態、即ち長成期完成級の立場まで復帰された段階においてメシアが来られるようになります。それゆえ今日、人類歴史のどの時期よりも民主主義が世界的に非常に拡がっているのが見られます。このような側面で私たちはエデンの園で堕落する直前の状況ととても類似した段階 ~即ち、アダムとエバが神様のみ旨を完成して神様の三大祝福を相続し地上天国建設に向かう選択をするか、或いはその反対に神様のみ旨に肯定的に応答せず神様の審判を受けてエデンの園から追放されるかも知れない方向を選択する可能性もある状況~ にまで来るようになりました。「自由」は今日拡大普及しているものの不安定であり、「自由が危険に瀕している」という問題こそ私たちが理解する必要があります。世界は堕落直前の段階まで帰って来ましたが、世界はその自由を確保して全人類の完全な解放を確保する為のメシアとその教えを必要とするのです。現代社会の状況と現代民主主義及び今日の社会現象を理解する為に、エデンの園の状況と比べて現代社会と現在の実情を理解する必要があります。何故ならば本然の理想世界がエデンの園だからです。神様の創造目的を成就することこそが神様が意図したことだからです。

人類の目的はエデンの園に帰ることです。しかし、70億の人口で満たされた人類の今日の状況をエデンの園と比べてどのように理解することができるでしょうか。エデンの園には4人の登場人物がいました。神様、アダム、エバ、そして天使長でした。私たちはこの4人の登場人物と、今日の社会と数十億の人々をどのように、関連させればよいでしょうか。これこそ私たちが摂理歴史の方向性を理解しようとするなら必ず解決しなければならない問題なのです。真の父母様は再臨主として地上に降臨して(ご自身の)使命を完遂さなることにより地上で神様の実体代身となられることを私たちは理解しています。それゆえ真の父母様は神様の代身者です。それではアダムとエバとは誰ですか。誰がアダムの代わりをしますか。事実、社会においては男性全体がアダムなのです。エバは誰ですか。全ての女性がエバです。アダムとエバは世界の国民であり、ここ英国における民主主義の全ての国民を意味します。それでは天使長は誰ですか。これが重要な鍵です。誰が天使長ですか。誰か当ててみて下さい。(笑い)

民主主義において政府の役割は何ですか。人々に仕えることです。ですから天使長は明らかに政府です。それゆえ現代の社会構造の中には人間が堕落する前に存在したのと同じ関係、即ち、神様とアダムとエバ、そして人間の僕である天使長がいるのが見られます。しかし、人間の堕落の時にどういうことが起りましたか。堕落の経緯はどうでしたか。天使長がアダムとエバの僕の立場から彼らの主人の立場に変わり、神様を拒否して除去してしまうという過程でした。驚くべきことに、今日私たちはこの過程を見ることができます。人気至上主義という名目の下に政府が僕の立場から主人の立場に変わっていく過程を通じてアダムとエバの堕落を正に目の前で見ているのです。人気至上主義は社会的次元において人間の堕落です。人々に無料であることを約束しますが、皆さんが決算の日を迎えた場合、無料で受けたものに対する代価が「専制政府の奴隷になる」ということです。人気至上主義こそが自由人が結局政府の専制的支配下に入ってしまう元凶なのです。現在私たちはこのような状況に立っているのです。神様の創造目的を完成する方向に向かうのか、それとも摂理の方向を理解することができずに神様の審判を受けるのかという歴史の転換点に立っているのです。

真のお父様が天国に関して描写する時に必ず語られる幾つかの重要な概念があります。真のお父様が語られる時には必ず平和軍や平和警察について、そして世界の人々が良心に従って法律もなく弁護士や検事や裁判官も必要ない世界に住むようになることについて語られます。平和メッセージを読んでみると、同じ概念が何回も繰り返されていることが分かります。しかし一体この概念はどういう意味があるのでしょうか。法律も裁判官もない社会がどうして存在できるでしょうか。平和警察や平和軍とは何でしょうか。そして、これらが天国とどういう関係を持つのでしょうか。天国があれば平和がなければならないのに、どうして軍隊や警察官が必要なのでしょうか。これらは天国を理解する時、必ず私たちが答えなければならない問題です。何故ならばメシアとしての真の父母様が非常に強調なさるからです。確かにこれらはとても深い意味と重要な意味を持っているものだからです。

良心社会とは一体何でしょうか。良心社会を建設するということは果して可能なことでしょうか。法律も警察もない社会をどうやって実現させることができるのでしょうか。事実こういう社会にはとても素晴らしいものがあるのです。完全に弁護士も法律もないわけではありませんが、それにかなり近い社会、即ち自己規制社会と呼ぶ社会には、その自己規制を実現する為に幾つかの要素が必要になります。

自己規制社会を実現する為の第一の要素としては私有財産であり、誰が何を所有しているかを登録する為の最小限の法律が必要です。自己規制社会の為の第二の要素は自由市場です。第三が競争です。競争が自由市場において存在する団体、それが営利団体であれ非営利団体であれ、良い商品とサービスを提供する為の競争をするという環境を造成するのです。それらは政府がどうこうせよと指示しなくても市民が自らするのです。その競争とは環境の中でより効果的な費用と安い経費によってより良い品質の商品やサービスを提供することができる団体だけが生存し続けることができるがゆえに、彼らはそれ(競争)を効果的に行うのです。このような観点を理解する時、法律もなく、警察もなく、自分にどうこうせよと命ずる政府もない社会が存在することが可能であると見ることができるのです。これは歴史的に可能であるのみならず、これこそ富の産出が存在する理由です。

現代世界で見られる全ての「富」は企業家や自由人がビジネスを立ち上げるのに作われています。政府によって作られたものではありません。政府が社会を支配する中では富の産出や技術発展は全くあり得ず、寧ろ自由と自由経済こそが全ての富を創造したのです。原理的観点や真のお父様のみ言から理解できるのは、人間が必要とする全ての商品とサービスが自分たちに主管可能なモデルやパターンによって成り立つ (自己主管) 社会こそが天一国であると真のお父様が描写しておられるのです。

しかし平和軍の概念とは正確に何でしょうか。私たちは何故それが強調されているのかを考えてみる必要があります。どういう意味でしょうか。その意義は何でしょうか。万物主管が何を意味するのか自問自答してみたことがありますか。どういう意味でしょうか。人間がどうやってライオンや虎や象、そしてサイを主管しますか。彼らに良く対するので彼らに対する主管性を持っているのでしょうか。冗談ではありません。これは真剣な質問です。どういう手段を持って創造物に対する主管性を持っているのですか。どういう手段ですか。(聴衆の中から或る男性が「武器です」と回答)

(その男性を指差して肯定しながら)正解です。武器や鉄砲を持ってこそ私たちは野原で狩りをすることもでき、獲物を食べることも可能なのです。武器を持っているからこそ動物を狩ることが可能であり、それゆえに万物に対する主管性を持つようになるのです。これこそが主管するということであり、完全に統制するということであり、生死を決定する力を持っているという意味です。これこそ私たちが動物を殺したり食べたりする権利があるということを正当化することができる理由であり、神様がその権利を私たちに下さったというのです。その他には、動物たちを殺して食べることがどうして正当化できるでしょうか。皆さんも猫や犬などの動物を飼うことや、動物たちに感情があるということを知っていますか。これは重要なポイントです。何故なら窮極的に天一国の国民として神様の息子娘に私たちが成長し成熟することにより動物の生死を決定する権威が相続されるようになるのです。この権威を成熟した方法によって全体の利益のみの為に使用するのです。それゆえ第三祝福はその成熟過程において私たちが家庭を形成することから社会活動に参加するようになるですが、それはどういう形態になるのでしょうか。それが正に平和軍であり平和警察です。

天一国国民は成長・成熟し、いつか軍人や警察になるのであり、これこそ重要な概念です。これをよく描写しているもの、即ちこれを理解し易い実例がスイスにある民兵制度です。スイス国民は完全雇用即ちフルタイムの仕事を持っています。各自が自分のフルタイムの仕事をしながら生活しています。彼らは皮革品の修理屋、製パン店、映画館の切符売り、銀行家、漁夫、或いは織物店等で働いています。しかし、彼らはパートタイムの仕事で軍人でもあります。スイス国民は全員が軍人であり、武器を携えて国を護る義務があります。ですから国民が国家権力の方向を決定するのです。軍隊の為のスイス民兵制度のような概念は、警察にも該当します。ですから天国において私たち全員が完全雇用の状態で職業を持っていながら、国は国を専属的に独占する為に警察や軍隊の労働を提供するのではなく、国民自身が国境や国の法を守り国を保存する為に参加するのです。天国では全員が成熟するようになれば鉄砲を携えて公共福祉の為にその鉄砲を使用することに対する責任を持つのです。

その状況がどうなるかは分かるでしょう。直感的に皆さんも分かると思います。歴史上にどういう機構または団体が最も多く人間を除去し、虐殺しましたか。犯罪者や殺人犯が多くの人々を殺害しましたか。最大の虐殺をしてきたのは政府でした。過去百年間に犯罪者や殺人犯によって殺害された人々の数を数えてみると約 500万人位ですが、しかし同じ時期にあらゆる政府によって大量虐殺されたり政府の政策によって殺害された人数を数えてみると2億4千万以上になります。人々を殺害して特に権力の方向性を独占するというのが政府がしてきたことです。政府は皆さんに「我々が全てうまくやるから政府を信頼せよ」と教育します。しかし残念ながら私は皆さんに「政府は国民に嘘をつき、全てをうまく行うことはできない」という真実を伝えなければなりません。 (笑い)

非常に驚くべきことです。そして、何故政府が嘘をつくのかを推測してみると、それは政府が天使長だからです。

そして、理想世界において天一国国民として理解する必要がある非常に重要な点は、国民こそ社会の主人であるということです。これが非常に重要な理由ですが、政府はどういう手段を使って国民を奴隷化するのですか。暴力行使の独占的所有、即ち常駐軍や職業警察の暴力行使というものです。このような手段を使って政府が皆さんを奴隷化するのですが、それゆえにもし皆さんが天国を創建したいと望むなら、神様の意図は天国の国民が権力の方向性と武器の使用まで含めて全てを所有することにあったことを必ず理解しなければなりません

問題は、皆さんがそれら(権力と武器)を所有することを拒否しても、それらが消滅しないという現実です。もし私たちが銃を所持せず力の行使を願わないとしても、それは消滅するのではなく他の誰かが所有するだけです。善良な人々がそれを所有しなければ、悪なる人が所有して武器を使って皆さんを抑圧するというのが人類歴史だったのです。天国における政府の役割を考察してみると、政府の役割とは国民に仕えることであり、可能な限り政府が所有するものがない、即ち小さな政府、国民の全ての活動を調整し、国民が何をすべきかに関して何の干渉もせず、国民の抱負を成就する為の協助だけを行いながらも政府自体はそれに手を出さずに、国民自らが失敗しながらでも自らの問題を解決するのです。これが政府の役割の理想的な性格です。皆さんにも理屈に合う話なので直感的に理解できるでしょう。

(スクリーンに映写されたスライドを参照して) このスライドは独裁政治から無政府状態に移行するスペクタクルを表示しています。現在私たちが天国の自由社会を語る時、エデンの園には4名の登場人物、即ち神様とアダムとエバ、そして天使長がいるということを知っています。天使長はエデンの園で重要な役割を持ち、天使長なしには私たちは生きていくことができません。天使長はいつもそこにいて、即ち政府はいつも存在しています。ところが政府の役割と大きさが重要なポイントである理由が、無政府状態を防止する為に最小限の政府は必要だからです。或る種の政府が存在しなくては、自由経済において個人所有はあり得ません。ですから自由社会とは無政府状態(混乱)を防止するのに充分な政府を持つ社会を意味し、90~95%の個人所有を許可するのです。私たちは過去にそのような自由社会を実際に見てきました。(それが)米国なのですが、大きい福祉国家を形成する前の18世紀から19世紀初期までに連邦政府の国内総生産に対する占有率は僅か2%以下でした。米国の歴史上ほとんど全ての期間に所得税は存在しませんでした。香港のような所に自由社会が存在するのが見られます。皆さんの国、英国では多くの問題が山積していて、経済を管理するにおいて多くの困難があり、社会福祉の為の支出が多いのですが、皆さんの国家を管理することよりも香港の方が管理をより上手に行っています。

シンガポールでもこのような内容が見られます。この(自由)社会は国民の潜在能力を発揮させ、そして「そうです。あなたなら可能です。政府がするのではなく、あなたこそ全て遂行することができるのです」ということで社会が成されるのです。これが神様の願う社会です。神様はアダムとエバ即ち国民が社会に存在する全てを相続し、所有することを願われます。これが神様の理想です。アダムとエバに伝授するのが創造目的だったのです。それでは天使長の思想は何ですか。天使長の立場と観点は何ですか。これは明確ですが、天使長または政府が全てを所有するのは共産主義です。ですから明かに共産主義はサタンの歴史であり、政府が全てを所有したがることが共産主義の立場であり、共産主義は「政府が全てを所有する時に皆が平等だ」と皆に言うのです。

そうです。これは皆さん全てが政府の奴隷という意味で真実なのです。これがサタンが共産主義を通じて皆さんに約束する「平等」なのです。社会主義の80%がそうです。恐らく英国の社会福祉民主主義は 50~60%はそうでしょう。多分フランスは 75~80%が社会主義です。皆さんも全ての国家に格差があるということが分かるように、集計上どの位置に国家が存在するのかによって神様の理想に近い国かサタンの理想に近い国かが理解できます。人類歴史の闘争は神様とサタンの間の闘争です。即ち自分の子女に伝授しようとする神様のみ旨と、自分自身が継がれようとするサタンとの闘争でした。自分たちに賦与された創造性の主張を熱望しながら自分たちの生活の所有権を持とうとする自由人たちと、個人の生活条件のあらゆる側面を主管し統制しようと追求する政府との闘争でした。人間堕落の結果としてこの緊張と葛藤は歴史を通して流れてきました。しかし今、原理の理解と真の父母様の教えを通じて地上天国がどういうものかという明らかな展望を持つことができるのです。地上天国は自由人たちが全てを所有して第三祝福を完成し、自由人たちが内的及び外的な保安警備を行い、自分の所有に関する確信を持ち責任から逃避しない社会です。それが自由社会であり責任社会なのです。 (拍手)

天国がどういうものか、そして神様の人類に対するみ旨は何なのかを理解することの次にもう一つ重要なことは、宗教の役割がどういうものかを理解することです。私たちは巨大政府に破壊される前の米国の自由社会を見てきて、その大きな政府の段階が何故やってきたのかも知っていますが、それは実は宗教こそがその背後で活動して米国の自由を破壊しようとしてきたのです。「これは慈悲であり、社会福祉は慈悲だ」と絶叫しながら人々が福祉に依存するように、また社会福祉制度を作るように、社会福祉国家を作り出す為に裏付けをしてきたのです。これが宗教が自由をいつも破壊しようとしてきた理由なのですが、これはキリストの十字架が原因です。イエス様が十字架上で亡くなられたために、イエス様を中心に形成された宗教は霊的救援のみを提供するのであり、完全な救援と地上天国を与えることができなかったのであり、これこそが宗教の限界なのです。ですからキリスト教は不完全です。キリスト教は人類と社会を長成期完成級までしか導くことができませんが、それが正に私たちが目撃している現象です。神様は米国に自由を下さいました。神様は地上天国の実現の為に自由を下さいましたが、その時代の宗教がこの偉大な国家に神様が下さった祝福を理解することができなかったために、宗教は事実上その自由を破壊し弱体化させ、不具にしてしまう為に活動してきたのです。ですから自由社会は新しい宗教なしには存在できません。その(新しい)宗教と再臨主の教えがなければ自由社会は維持が不可能なのです。

世の中において自由社会を保存することができる宗教はそれ以外には存在せず、それは創造原理、及び堕落論の理解を通じてのみ可能であり、世界の人々が自由を熱望し天国に住むことを願うならば、彼らは真の父母様を再臨主として受け入れなければならないのです。(拍手)

(文國進理事長の欧州講演記事から翻訳・編集)

 

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