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10.真のお父様の天宙聖和式、文顯進会長のみ言

 

2012.09.15   文顯進

真のお父様の聖和式の意味と我々の姿勢

[編集者注]: 文顯進会長は、2012年9月15日、米国シアトルに集まった祝福家庭に、真のお父様の天宙聖和式の正しい意味と私達の姿勢に関して語られました。話された内容が非常に長いため、本カフェでは5回にわたって紹介しました。その際、各主題から逸脱しないように、若干の編集の手が加えられました。

 文会長はみ言の冒頭で、真のお父様の生涯を「第3アダムの栄誉ある生」と「天宙的な勝利」という言葉で定義し、その「偉大な価値」は、「摂理史の中」で正しく評価され得ると説明されました。そして、「それはご自身の栄光や尊厳の為の道ではなく、神様に栄光と尊貴を返す為の道」だったと強調されました。また、真の家庭を見ると、未だ誤った点があるものの、それは真の家庭の構成員各自の責任分担であり、真のお父様が立てて下さった原理と価値は永遠なので、必ず実現しなければならないと訴えられました。

 

今日私達は、第3アダムの栄誉ある生涯を追慕する聖和式を行いました。真のお父様の肩書きや地位にかかわらず、真のお父様が生涯を通じて、神様の摂理のためにご苦労された業績は、計り知れないものがあります。

お父様が如何なる後悔や未練も残さずに、天に逝かれるように侍って差し上げる為には、この聖和の意味をよく理解しなければなりません。

それゆえ、人間的な考えや人間的な立場から、「統一家の」名誉や「統一家の」自尊心に囚われ過ぎて、聖和が妨害されないようにしなければなりません。聖和は、お父様の生涯を天に奉献するものです。ですから、私達は全てを神様の観点から、そして摂理史的な観点から展望し、その摂理を完成してこられた真のお父様の役割を照らし出す時間にしなければなりません。真のお父様の生涯は、摂理の次元から見る時にのみ、その偉大さが正しく説明できます。本聖和式は、神様と神様のみ旨の前に全てを返す時間であるため、この聖和式を通じて、真のお父様の生涯の真の価値が決められるでしょう。

人々が、私のお父様の生き方と成し遂げてこられた事柄を本当に理解したなら、天の前に真の孝子の生涯を生きてこられ、神様のみ旨を実現して差し上げる為に努力してこられたという事実を悟ることでしょう。それはご自身の栄光や尊厳の為ではなく、神様に栄光と尊貴を返す為の道でした。

皆さんの中で、私が韓国で進行される聖和式には行かないことにした、という手紙を読んだ方がどれほどいますか。ほとんど全員が読みましたね。では、その内容は繰り返しません。しかし、その手紙を書くようになった背景は、説明する必要があるでしょう。私の側近の人々でさえ、韓国の人々に映し出される私のイメージを考えて、聖和式には必ず出席すべきだと要請してきました。しかし、それが何の為の聖和式ですか。それが私達に相応しい礼式でしょうか。特に真のお父様の生涯を正しく記念し、栄光を称えて行われることでしょうか。私達はただお父様が、一生涯かけて積み上げてこられた実績を褒め称えさえすればよいのですか。それとも、この時間には、次元のより高い何かを提示すべきでしょうか。

この日は私達が、本当に真のお父様の生涯と業績を称える日であるべきでした。この日は永遠なる神様、人類の縦的な神様の存在を悟る日であるべきでした。そして、その神様の前に、神様の息子、神様の真の息子が立てた先例を公認し、受け入れる日であるべきでした。この神様の息子は、人類歴史上、創造以来(実現されないまま)保留されてきた神様のみ旨を、歴史上初めて実現して、先例を打ち立てました。この日は、全人類の実体的な救援の為に立てられた条件を通して、天宙的な勝利を記念する日でなければなりませんでした。この日はまた、真の家庭の実現を通じて、この地に神様の王国を実体的に建設する為に立てられた基盤を、記念する日でなければなりませんでした。今皆さんが真の家庭を見ると、未だに間違った点が多いことが分かるでしょう。5%の責任分担があるからです。しかし真のお父様の功績は、実体的な真の家庭を成す為の基盤を立てられたことです。真の家庭が責任を果たすかどうかは別個の問題であり、神様が主張なさることのできる天宙的な勝利が得られたという事実は、人類歴史と神様の摂理史の中において否定することができません。私は、真の家庭の各構成員に関する責任を全て取り上げて論じはしませんが、この家庭の中にも、家庭の秩序の為の法があります。私が、生きる為の火の柱、羅針盤として、普遍的な原理と価値を強調する理由は何でしょうか。人間の創造と共に、神様は原理と価値の体系を立て、人類がこの地に、神様のみ旨を実体的に実現する際に、適用すべき法の土台としました。

原理と価値が重要な理由は何ですか。それは私達一人一人が、唯一・絶対・永遠性が内在した個性真理体だからです。そして神様は、私たちに創造性を賦与して下さいました。神様が人間に自由意志を下さったので、天法の基礎になる原理と価値を守ることも、私達の選択に依存しています。良心に従って生きる人は、この法を守る道を選択するでしょう。それは個人、家庭、民族、国家、そして世界を運営する宇宙の自然法則になるでしょう。

私達は原理を基準にしていますが、皆さんは統一家が原理的な共同体を実現したと思いますか。食口達が個性真理体として、このような原理をまず自分個人の生き方において、そして家庭を成した後には、その家庭において実現したと思いますか。5%の責任分担に主人意識を持って、神様の実体王国を建設する共同創造者であり、助力者になりましたか。しかし、食口達が、本当に神様の摂理や原理の価値を理解し、そういう存在になるべきなのですが、統一家がそういう姿になっているでしょうか。この人々を見て、そういう基準が備わった人と言えるでしょうか。このサタンの世の中で、他の誰よりも天法によって治められている、良心的な人と言えるでしょうか。私は私が初めて公職を始めた時、初めて対面した統一家の指導者たちのことを記憶しています。彼らは全く違った文化を持っていました。もう数え切れないほど多く言及しましたが、それは文化が組織を導くのではなく、組織が文化を導いていたからです。天の文化が、組織を導いていかなければならないのに、正反対でした。私達の文化が生んだ組織ではありませんでした。

祝福中心家庭が、統一家の偉大な教えである神様の摂理と原理、そして価値を実現した時にこそ、真正な祝福中心家庭としての資格が備えられます。統一家の組織はそういう夢と原理と価値の土台の上に立てられなければなりませんでしたが、正反対になったのです。統一家の構造は一言で言うと、「アベルに対する絶対服従」と表現することができます。そのアベルが非道徳的な行為をしたり、神様の摂理、そして私達自身が指針とすべき原理と価値に、完全に違反した行為を指示したとしても、問題視せずに従わなければなりませんでした。言い換えると、このように「アベルに絶対服従」する構造が、私達の文化として固定化されてしまいました。

組織が文化を決定する過程において、私達の良心は何処に行ってしまったのですか。正邪や善悪に対する判断力は何処に行ってしまったのですか。私達の摂理意識と私達の生き方、私達の信仰、そして私達が走ってきた摂理の一線で、直接的に役事なさった神様は何処に行かれたのですか。多くの先例が現れませんでしたか。過去を振り返ると、私は個人や家庭的な次元で、献身を厭わなかった多くの食口たちから、大きな感動を受けてきました。

その反面、私は、私達の指導者たちを見る度に非難してきたことを記憶しています。神様の摂理を中心とした私達の生き方の中で、普遍的な原理と価値を実現しようとした、統一家の崇高な精神を遠ざけたまま、彼らは信頼に反して権力を濫用してきたからです。彼らは統一家の長所かつ原動力になってきたその精神を喪失し、地位と権威と財物と権力のみを貪ってきました。その過程において、価値のあるものは全て忘れてしまい、役にも立たない無価値なものだけが定着してきたのです。多くの指導者たちは、嘘をついたり誤魔化したり、虚偽の報告を書いたりしてでも、真のお父様から職責の任命を受ける為に血眼になっています。彼らは、真のお父様は全てをご存知の方なので、真のお父様から許諾さえ受ければ、全てが正当化されて、自分の計画が天の祝福を受けるものだと信じているからです。

今もそういう考えを持っている人が沢山います。しかし、そういうタイプの考え方には問題が沢山あります。本当に自由で解放された世界を建設する為には、各個人の良心が生きている世界にならなければなりません。その良心を通じてこそ、神様が語ることができるからです。皆さんは良心に基づいて、物事の正邪、正義と不正義、善悪を判断するようにならなければなりません。

良心を開発する為には、口先だけ天の原理と価値を語るのではなく、生活の中で、逆境と訓練を通じて、条件を立てなければなりません。原理と諸価値を生活の中で実践する時に、皆さんの良心と霊性が開発されます。それゆえお父様は、如何なる師や神様よりも、良心こそが私達の真の主人だと語られたのです。皆さんを善なる人にするのも、悪なる人にさせるのも良心です。それが太初に、神様が創った人間本然の姿であり、そのために人類は、本当に神様の実体対象となって、永遠な神様の属性を反映することができるようになっているのです。

救援は「神話的事件」ではなく「四位基台」を通した「実体救援摂理」

 

[編集者注] : 文会長は、第2内容として、真のお父様をじた救援は、「神話的事件」ではなく、「四位基台」通した「実体救援摂理」であるというを明らかにし自分はこれを継ぎ、ず「中心として模範となる国家」建設するという決意を明らかにしました

誰かが良心の声に耳を塞ぎ、原理にかこつけて神様のみ旨を勝手に歪曲する事例があります。そうではありませんか。彼らは神秘的な話を作り上げ、自然秩序に違反する神学理論を作って、自分たちの邪悪な意図を正当化しています。

真のお父様は、2000年前のイエス様の責任に焦点をあてて、メシアの使命を説明しました。それは何故かというと、真のお父様自身が、準備された基督教の基盤の上に、2000年前にイエス様が「私はまた来る」と言ったみ言にもとづいて、再臨主として来られなければならなかったからです。しかし、基督教神学の2000年の歴史は、何と主張していますか。イエス様が人間であるということを認めていますか、それとも処女を通して生まれ、水の上を歩き、自然法則を超越して、肉身を以って復活する、神的な存在として説明していますか。真のお父様は、基督教が理解しているイエス・キリストの使命とその働きについて、何と語られましたか。

まず第一に、真のお父様は、私達が住んでいるこの世界と、自然を支配する根本的な法則と矛盾する、全ての神話的、超自然的な概念、及び神秘主義的、盲目的な信仰を批判しました。イエス様に被せられた神秘性を取り除き、イエス様の家系を明らかにし、彼の使命が何か、メシアの使命が実質的に何を意味するのかを説明しました。これが真のお父様のレガシーです。

神学において、存在論的な基督論によりメシアの使命を説明したのとは違い、真のお父様は、救援論に焦点を合わせて、イエス様の使命を説明しました。そして、人類が創造された時点から、これまで説明できなかったメシアの使命を形成する諸要件を明らかにしました。人類の実体救援摂理は、真の家庭を完成することによってもたらされる血統転換から始まります。真の家庭は、真の生命の木を代表するのであり、この木は、アダムとエバがエデンの園から追い出された際に、人間が近付けないように神様が阻んでおいたのです。

救援は、単なる条件的なものでも、霊的なものでもありません。救援は実体的なものです。それは実体的で総体的であり、人間こそが経験できるのです。人類救援の約束は、不可思議な神人に絡んだ、神話的な事件ではありません。真のお父様は、誰も分からない全知の能力があったり、自然法則に逆うことができたり、または死を超越することができる方ではありません。しかし、真のお父様は、人間始祖を創造した神様の期待を実現し、宇宙的な勝利を成就して、人類に祝福を拡大することによって、人類をこの地上に神様の実体的な王国を建設することに参加させるのです。人間は個性真理体を完成し、祝福家庭を成し、氏族を形成する責任があります。

あまり善良ではない動機を持っている人は、いつでもいるものです。彼らが優先順位として考えることは、恐らく正しいことではないでしょう。彼ら自身が庶子なので、嫡統(嫡流)と対決しようとします。彼らは救援の基台を変形させ、突然変異を作ろうとします。この突然変異によって、神様の摂理の中で、人間が検証できることは何一つありません。統一教会、または統一家は、イエス様に関する神秘的な教理を批判してきました。しかし、今、真の父母様に侍ってきた統一家は、基督教と全く同じ誤りを犯しています。

真理は、矛盾のない論理です。論理的な一貫性がなければ、それは真理ではありません。それでお父様は、平和メッセージを通じて、「無知には完成がない」と繰り返し語られました。もし皆さんが無知ならば、腐敗しやすく利用されやすく、間違った指示などに従うようになります。

私は公職を始めた時に、こういうことを感じました。しかし、このような文化を一つ一つ直接経験するようになったのは、実質的に世界平和家庭連合の世界副会長や、その他の機関の責任者に任命されてからです。私は基本的に、統一家の全ての機関の責任を負っていました。それゆえ、統一家の指導者たちの間に、どういう文化が存在していたのか説明することができます。彼らは、道徳的で自立的な資格を備えた人々にはなっていませんでした。天の法道と基準を、真摯に守ろうという努力をしなかったのです。食口たちに対し、お父様を利用して、自分たちの利益を図ろうとしました。彼らはアベル的存在と絶対的に一つにならなければならないと強調しながら、それが真の父母様の指示だと言いました。

彼らの間に葛藤や意見の衝突のある時は、まるで大人になっていない幼い小学生たちのように、真のお父様に告げ口しました。彼らは、真のお父様からの仲裁や判決が欲しかったのです。司法機関においては、時として、弁護士が完全に罪がある人の為に、「偽り」の弁論をすることがあるように、こういう人には、良心も善悪に対する感覚もありません。これは私達統一家全体、特に真のお父様の名誉、さらに重要な、摂理を進めるのにプラスになるかマイナスになるかを考慮しない、全くもって自己中心的な考えです。

私が知る限りでは、そういう人々は、多くの場合、自分たち同士で結託し、真のお父様をあれこれと説得し、この指導者あの指導者を牽制するために口裏を合わせます。自分たちの行為を隠す為に、彼らは真のお父様が、全ての人、全てことをご存知で、過りがなく、自分たちがお父様を欺瞞しようとしても、お父様は決して騙されないという神話を作って、究極的には自分たちの目的を成し遂げる為に、正当性を得ようとするのです。それゆえ、真のお父様の観点や神様の観点で、原理と摂理の重要さを考える人なら、統一家が陥っている論理的な矛盾点を発見することができます。誰がそうしたのですか。

真のお父様は、平和メッセージで何度もこういうみ言に言及されました。即ち天法と天道を中心に建設された世界では、人類が自らの良心によって自分自身を規制するために、弁護士と判事が必要ないと。ところが、このみ言で、指導者達について見てみると、統一家の現実とは非常に程遠い話です。そのために、統一家には、不明瞭な混乱があるのです。神様の摂理と原理、そして真の愛の価値体系に関する真のお父様の教えには、論理的な矛盾がありません。しかし、指導者の任命や、統一家内部の問題を扱うお父様の指示事項は、朝と夕で変わることがあるのです。皆さんは、何故そういうことが起こると思いますか。真のお父様を理解しようとする時、いつの頃からか、統一家に嵐のような状況が起きており、まるで警鐘を鳴らすトラックや、波に翻弄される航路浮標のようになっていることが見て取れるのです。

皆さんがみ言を読んでみると、お父様がここではこう語られながら、別のところでは完全に違うことを語られているのを見てきたはずです。何故そうなのでしょうか。私は、真のお父様のみ言が、統一家の歴史において、この3年間ほど、露骨に政治的に利用された時期はなかったと思います。指導者たちは、お父様が、さまざまな時に、さまざまの違うことを言われることを知っています。そして、この数年間は、お父様のみ言の一部が利用されたのです。

血縁にもとづく家族を治める天法があります。何故、人類の実体的な救援の為の復帰摂理が、それほど難しいのですか。それは血縁のゆえです。統一家は、何故結婚祝福と血統をここまで重ねて強調するのですか。それは他のどの団体よりも、私達が血統の絶対性を認めるからです。それゆえ私達はまた、この血統の転換がどれほど難しいか知っています。しかし、そういうレガシーを持った団体が、天法と矛盾する浅薄な変種となるということは、天の前に絶対的に畏れ多いことであり、不敬千万なことです。この天法は家庭を支配し、甚だしくは神様にさえも適用されるのです。

四位基台が示している意味は何でしょうか。私達はアダムとエバの家庭が、サタンを中心として、偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統に根差した四位基台をなし、神様から遠くなったと説明しています。ところで、サタンを中心として四位基台を成した家庭の中に、神様が留まることができますか。全能な神様も、家庭を治める天法を破ることはできません。そのため、その家庭が、偽りの愛と偽りの生命と偽りの血統に根差しているため、神様が所有権を主張できる家庭がなかったのです。それで救援摂理は、究極的に神様が留まることができる家庭を立てることでした。全能な神様といえども、家庭を治める天法を自ら守らなければならないのです。

今日統一家で起きている事件と全ての混乱は、もし私達全てが、良心が生きている個性真理体を完成し、祝福を受けて、神様を中心した家庭を成していたなら、発生しなかったはずです。そういう家庭においては、家族全員が天法を守って、天のみ旨に従って生き、一人一人の人格と良心を磨き上げ、善と悪、正義と虚偽の間の境界をはっきりと明らかにするからです。何故私達は、混乱し無知に陥り、人類と天の前に、真のお父様の生涯が与える意味さえ理解できない暗闇に陥っているのですか。私達は、何故そんな人々になってしまったのでしょうか。

私は息子として、父母様と一緒に暮したので、真のお父様と真のお母様についてよく知っています。私の兄弟たちについてもよく知っています。ところで、私は率直に言って、ある程度成長する時までは、こういう神話について全く知りませんでした。しかしある時点から、統一家の中に、信仰の成熟度が異なる多くの水準の人がいるということが分かるようになりました。ある人はもっと成熟しなければならず、ある人は信仰の開発が必要でした。単純な信仰の段階というのは、他の宗教においても、その創始者を信じるようにする為に必要な神話とそっくりでした。こういう単純な信仰は、発展して、より深い信仰に成熟しなければなりません。私はいつかはそういう時が来なければならないと思っています。真のお父様の在世中に来るように願っていましたが、聖和後こそ必ずや…

ある家庭において、子女たちが成熟できず、彼らの父母がして来た偉業に責任を負うこともできず、未だに後見人やその指示が必要だとしたら、その家庭の未来はどうなるでしょうか。その家庭は栄えるでしょうか。持続できるでしょうか。その父母の精神が子々孫々へと代々継承されるでしょうか。それとも父母が死んだ後に消滅するでしょうか。私達が父母として、自分の子女たちを正しい息子娘として育て、その子女たちが伝統を守っている中で、私達が霊界に行くのなら、その家庭には未来があると思いませんか。そうでなければ、皆さんは、平和に対する大きな希望を持って、霊界へ行くことができるでしょうか。

統一教の家庭はどうですか。神様がたとえ、ご自身の息子(お父様)が、食口達を選び育て成長させたとしても、祝福中心家庭を見た時、神様の摂理を押し進めて行くことのできる、成熟した子女としては見ることができないだろうと思います。それが、私が聖和式に行かなかった理由です。

それで私は、お父様のレガシーを決して忘れないという決意を持って、ここで真のお父様に聖和の辞を捧げようと思います。たとえお父様が、成就しようとされてきた全てを成し遂げる前に、霊界へ逝かれたとしても、喜んでお父様の偉業を担って進もうという息子娘たちがいますから、安心なさって下さい。私達が摂理に責任を負い、お父様が神様のみ旨を中心として始めてこられ、神様と全人類の前に必ず成就しようと約束されたことを完遂します。神様を中心として、手本となる国家が建設される日が来るでしょう。それが、混乱の世界に希望の松明となるはずであり、お父様が抱いてこられた、神様の摂理と原理と価値、特に真の愛の価値体系に根差した、天法と天道が立てられることでしょう。究極的には、主人意識と信念に溢れた、真のお父様の直系に接ぎ木された子女たち、そしてその氏族たちが参加して、摂理がこの地の上に実現されることでしょう。

祝福家庭が答えるべき4つの根本的質問

 

[編集者注] : 文会長は、第3内容において、祝福家庭が答えるべきの4つの根本的な質問を提示し、その答えについて説明しました: (1) 摂理中心は誰か; (2) メシアの使命か; (3) 真の父母様と真の家庭は誰か; (4) 祝福家庭意義か。

現在経験している困難と混乱が、統一家内に発生した時、私は祝福中心家庭の皆さん個々人が、4つの根本的な質問に答えなければならないと促しました。もし皆さんがこの質問に答えられなければ、皆さんは皆さん自身が誰なのか知らないことになります。もし皆さんが自分自身が誰なのか、どういう存在なのか知らないなら、真の父母様と真の家庭が何故必要なのか、そして後天時代における、祝福中心家庭の意味が何なのかも悟ることができないのです。

第1の質問として、摂理の中心は誰ですか。(神様です)

神様です。祝福中心家庭がこういう内容をどれほど分かっていますか。私の言葉ではありません。真のお父様のみ言を読み、祈り、精誠を込めてみて下さい。摂理の中心は誰ですか。神様です。しかし、統一家において、「真のお父様の摂理」、「真のお母様の摂理」、「この人の摂理」、「あの人の摂理」と言う人がどれほど多いでしょうか。誰からそのように教えられたのですか。摂理はただ一つだけであり、神様に由来するものだけです。

第2の質問は、メシアの使命が何かということです。

特に今日の統一家では、真の父母様を神格化してしまったため、多くの混乱がもたらされていますが、原理的な観点から見たメシアの使命は何でしょうか。私達がメシアを復帰されたアダムとして説明する理由は、メシアが神様の息子として、神様のみ旨を完成する人物だからです。神様の長子であり、私達人類の先祖であったアダムに抱いた、神様の期待は、成就することができませんでした。それゆえ、原理的な摂理の観点では、メシアの使命と役割は、神様のみ旨を成就する息子の姿に由来するのです。ですから私は、この聖和式で、真のお父様を、神様の前に、真の孝子となる先例を立てられた方であることを明らかにしたいと思います。

第3の質問は、真の父母様と真の家庭とは誰なのかということです。

私が初めて公職を始めた時、先輩家庭たちやUTSの教授たちにこんな質問をしました。:「教理書である原理講論の中で、どの部分が最も重要な内容ですか」すると、私の記憶では恐らく99%の人々が、堕落論が自分たちに最も意味がある内容だと言いました。私は「その部分は、私には最も憂鬱な内容だ」と言いました。

原理講論において最も重要な内容は、第1章の創造原理です。ここに、人類歴史の始まりと共に、神様の期待が説明されているからです。聖書の最初の書である創世記に描写された神様の期待は、現代社会の人々も容易に理解でき、受け入れることができます。神様が、人間を創造しながら持った夢は何ですか。その夢とは、神様の下の人類一家族を成すことであり、他の言葉で言えば、最初の家庭として、神様を中心した四位基台を完成することです。

そういう状況において、真の父母様が出現した意味は、第2番目に質問したメシアの使命から始まるのです。真の家庭は、神様が留まることができる、人類の根本的で実体的な単位です。そういう理解があってこそ、三大王権と四大心情圏を理解することができます。また、このような概念がある場合にのみ、「家庭は愛の学校」という言葉を理解することができます。この言葉は、ほとんど古臭い掛け声のように聞こえますが、そこには全ての概念と共に、根本的な真理が含まれているのです。

私が UTSに通っている時、真のお父様が、三大王権と四大心情圏に関して語られました。私には、教授たちが、そういう内容を分かっているのか疑問でした。私がUTSに行った理由は、真のお父様にそう言われたからですが、私は既に大学時代に、あれこれと哲学や神学を勉強しました。実際に私は、カトリックの大学で神学を学びました。プロテスタントの神学者たちと違って、カトリックの神学者たちは非常に厳格でしたから、多くの内容を勉強することができました。

その方たち(UTS教授たち)の大多数が、基督教的経験という観点から、メシアの使命に関して話していました。また、多くの方が、これまでの宗教的な言行と経験から、救援に関して話しました。皆さんは、根本的な違いを理解しなければなりません。大部分の宗教が提示する救援の約束とは何かというと、それは個人段階の救援です。宗教が出てきて以来、家庭段階の救援に対する概念は全くありませんでした。それゆえ皆さんは、真の父母様の出現と真の家庭の形成を通じて、実体的な人類の救援が出てくるようになったということと、そこには地軸を揺るがすような、革命的啓示があるという事実を理解しなければなりません。

しかし教授たちからは、私達が宗教界で活躍できるこの輝かしい宝物に関して、全く何の糸口も見つけられませんでした。これは基督教、ユダヤ教、イスラームといったアブラハム系の宗教だけでなく、仏教など全ての宗教に通じる内容です。真理は、非常に本能的で直観的なのです。真理は極めて奥深いのです。

私は、統一家の人々が、地位というものを重要視するという事実を知っています。そのため、真のお父様をメシア、再臨主と言えば、それが即ち、お父様に栄光を捧げることだと思っています。それゆえ、私は教授たちに、統一家の間違った心理的要素を指摘し、こういう呼称(メシア、再臨主)は、それほど重要ではないと説明しました。実際的にも、私達が「メシア」という用語を使っても、聞く人がどういう信仰を持っているのかによって、それぞれ異なった意味で受け入れられているのです。私達が「メシア」という言葉を使う時は、基督教の方式とはかなり違います。基督教内でも各宗派によって、「メシア」という用語には、非常に違った様々な解釈があります。それはまた、ユダヤ人たちが使う「メシア」という概念とも完全に違います。

それで私は教授たちに、「何故私達が、そのようにボロをべたべたと縫い付けたような用語を使わなければならないのでしょうか。ボロがない真の父母様と言う用語を使ってはいけないのでしょうか」と言いました。これは今まで、ただの一度も使われたことがない言葉です。「真の父母様と真の家庭の出現」と言えば、既存の固定された概念に妨害されずに、真の家庭の意味を適切に説明することができます。

皆さんは今日この場で、たとえ詳細な説明がないとしても、真の父母様と真の家庭の出現が、人類に対する救援についての概念を説明するにおいて、完全に新しい先例となる内容だという事実を知らなければなりません。それだけではありません。これは救援を、ただ単に全く違った世界で起きている神話的な事件としてではなく、実質的な計画が、具体的に実現する事件として説明することができるのです。これは、私達が持っている信仰に対する理解の枠を、完全に変えてしまいます。そして、その中で救援は、皆さんにとって、人類が実現することのできる約束として、希望と抱負を持たせてくれます。それゆえ真の父母様の出現は、本当におびただしい祝福が到来する時代を表わしているのです。

私の話しが、とても神学的な方向に傾いたようですね。しかし、私がこういう説明をした時に、大部分の宗教指導者たちは、どの宗教や教団から来たかに関わらず、皆心良く受け入れました。「神様の下の一家族」には、このような内容が含まれているのです

要約すると、真の父母様と真の家庭の出現は、普遍的な救援の約束と、そのための実質的な計画をもたらすことであり、これは私達が住んでいるこの世を変化させる力を持っているということです。真の父母様、特に真のお父様の生涯のレガシー(遺産)の最も偉大な証しは、息子と娘が、お父様と同一の夢に感動して、主人意識を持ち、彼らの生き方の中でこの夢を現実にし、私達が住んでいるこの世界を変化させることです。それが祝福に盛り込まれている意味です。

第4の質問は、「祝福家庭になる」という意味は何かということです。

皆さんは、この真の生命の木への接ぎ木を受けました。それゆえ祝福中心家庭として、善の四位基台を成し、三大王権と四大心情圏を実現する時、皆さんの家庭を通じて、霊的な世界だけではなく、この地上に実質的な変化が起きるでしょう。ですから皆さんは、5%の責任分担の重要さを理解しなければなりません。神様もこれをなさることができません。真の父母様が、皆さんに祝福を下さいましたが、真のお父様も皆さんの責任分担をなさることができません。皆さん自身が責任を果たさなければなりません。

私が昨年発表した公開書信において、祝福中心家庭の責任について、何と説明しましたか。2006年の天正宮開館式の行事において、真のお父様が祝福中心家庭に語られたみ言は、計り知れない祝福であると同時に警告でした。そのみ言の中で真のお父様は、後天時代の重要さに対して強調されました。そして、この時代は、真のお父様が、神様の代身の立場で導いてこられた、蕩減による救援の時代とはまったく違うと語られました。真のお父様は、祝福家庭に次のように語られました。

「その時代には、皆さんが責任を負うべきことも私がしてあげ、皆さんの失敗も全て私が背負いました。しかし、この天正宮開館式以後には、特にこの後天時代と共に、皆さん個人が責任を負い、皆さんの家庭と氏族が天の前に責任を果たす時代です」

真のお父様は、皆さんが天一国市民としての資格が必要だと説明されました。そして、真のお父様は、市民としての基準を語られました。それが祝福中心家庭の皆さんには極めて重要です。何故なら、これが、祝福中心家庭の皆さんの責任と直結しているからです。何よりも皆さんのアイデンティティは、この時代において、神様と人類の前に、皆さんの責任が何かという面でさらに重要です。

最も重要な暗示は、5%の責任分担の重要性です。皆さんは、真のお父様は、復帰されたアダムの生き方を貫いてこられたために、5%の責任分担からの(除外された)例外だと思いますか、それとも、神様と天と人類の前で、真のお父様もやはり5%の責任分担を持っておられると思いますか。真のお母様はどうですか。真の家庭の全ての構成員たちは、どうでしょうか。皆さんはどうですか。神様の実体的な王国を実現する為に、私達全員が地位の上下を問わず、人種を問わず、肌の色を問わず、宗派を問わず、神様と全人類の前に責任があります。

祝福中心家庭の皆さんに申し上げます。苦労しながら努力して受けたのであれ、成り行きで受けたのであれ、皆さんと皆さんの家庭は、天からおびただしい祝福を受けました。しかし祝福は、皆さんの為に与えられたのではありません。ところで私が理解できないことは、先祖解怨についての概念です。皆さんの信仰が、ただ単に皆さんの氏族の救援に根拠を置いているのなら、真の愛の基準、真の愛の価値体系、そして天を治める普遍的な原理を、皆さんがどのように具現できるでしょうか。特に日本の食口たちは、信仰の成熟度がどのくらいでしょうか。そういうタイプの信仰を、神様が認めるでしょうか。蕩減を通じた復帰時代には、条件を立てることによって認められることができたでしょうが、今は皆さんが成熟した息子と娘にならなければならない後天時代です。それなのに、それがどのようにして条件となることができるでしょうか。

成熟した息子と娘は、自分自身の富貴、または自分の家族の富貴、自分の氏族の富貴と救援を祈る為に信仰生活をせず、その反対に他人の救援や、最も大きくは人類の救援の為に自分自身を犠牲にします。

統一家に存在する文化的な構造のために、そういう幼稚でおめでたい信仰を利用した煽動が為されているのです。それは他者を排除して、自分自身の救援と自分の家族の救援と、自分の氏族の救援にだけ焦点を置いているのです。誰がそういう人を、アベルの位置にあって、アベルの心情を持っていると見なすでしょうか。真のアベルなら、カインの生命の為に自分の生命を捧げ、カインの家族の為に自分の家族を犠牲にし、カインの氏族の為に自分の氏族を犠牲にします。それだけが真の勝利の道であり、真の解怨がもたらされる道です。

統一家に何が起きたのでしょうか。第一に、神様の摂理を踏みにじって、教会を建てることが摂理だと言い、天の基準とその根になる信仰を踏みにじって、他者を排除して、自分自身と自分の家族と、自分の氏族の救援へと逆行し、それを真のお父様のレガシーと主張しています。もしそうなら、それは神様の摂理とは何の関係もありません。人類の実体的な救援とは何の関係もありません。簡単に言うと、それはこの地に、実体的な天の王国を建設することと何の関係もないのです。それが今日、統一家で起きていることを、天宙的な葛藤として理解しなければならない理由です。私はこれを、財産をめぐる葛藤とか、単純に政策の方向性についての葛藤とは見ていません。私はこれが、お父様の血と汗と涙によって成就した神様の勝利を、正しく説明するためには、何が根本的な核心なのかを問う、天宙的な葛藤と見ているのです。

そしてこれが、私が言うレガシーの意味です。もし皆さんが、この4つの根本的な質問に答えることができなければ、皆さんは全く基本が出来ておらず、皆さん自身が誰なのか、何をする人なのか、どこに進みつつあるのかさえ分かっていない無知な人であり、結局は滅亡の道に行くようになるでしょう。

死から見た終わりの日、そして統一家構成員たちの役割

 

[編集者注] : 文会長は、番目の内容において祝福家庭たちに過去時代を「死」により終結させしい時代の「生」準備しようとする一方統一家の構成員たちにしい役割し求めました

主要宗教の預言的な経典には、「終りの日には、生きんとする者は死に、死なんとする者は生きる」という言葉があります。皆さんは、今の終末時代において、その意味がどういうことなのかを理解しなければなりません。一つの時代を締め括り、新しい時代が始まるという観点からすると、この言葉はもっともなことと考えられます。それが自分たちの生命を維持できる道だと考えて、過去にこだわる人々は、新しい時代に入った時に消滅していくでしょう。逆に、一つの時代から断絶され、死なんとする人は、新しく始まる時代に準備された人々です。それが、一方での生が、他方では死と連結されている理由です。

これを最もよく説明する道は、真のお父様の人間の三段階の成長過程の説明だと思います。第一段階は胎中での生です。私達は羊水の環境において、母親から滋養分を取りながら成長しますが、出生と共にその世界は終ります。その世界で生命を維持させてくれた全てが終わり、私達は出生の通路を通過し、羊水の世界で成長した身体諸器官を初めて使います。そして尻をびしゃっと叩かれながら、この世の中に生まれ出て息をし始めます。私達は、口などの身体諸器官を使って、食べ物を摂取し始めます。

私達が知っていた世界は終わり、この世の中で生命を見出す為には、昔の世界から私達を分離させる必要があります。それで母親の腹中から出てきた時、母親の子宮で私達の生命を維持させてくれた生命の綱である臍の緒が切れます。そして子宮で成長し、未だ一度も使っていない身体諸器官を使わなければなりません。こうして、一つの生の死は、他の生を導くようになります。次に、私達がこの地で生きるのは、肉身を成長させるためではありません。私達の肉身は母親の子宮で作られました。同じように、私達は5%の責任分担を通じて、私達の霊魂を開発するのです。神様のみ旨に一致して、私達の霊的な生を成熟させます。私達が永遠な世界での生を準備する時、私達の肉身とこの世の中での生を維持するのに必要な諸要素が、もうこれ以上必要でなくなる時が来るのです。

私達が、正義の生を生きるにせよ、偽りの生を生きるにせよ、その私達の肉身の生を土台として、私達の霊的な器官が開発されます。それは霊界での生の準備段階です。私達が、肉身を失ってしまう時、もう一度我々は死に直面します。しかしそれはまた新しい生、永遠の生をもたらします。この永遠の生を豊かに生きる為に、開発しなければならない器官は何でしょうか。真のお父様は、霊界は真の愛の世界であると説明しました。何が真の愛ですか。それは利他的な愛です。それで私達は、「生きんとする者は死に、死なんとする者は生きる」という、この預言的な知見の背後には、大きな意味があるということを理解しなければなりません。何故ならそれは、真の愛の犠牲的な心情を表現しているからです。

皆さんが成熟した霊的存在であり、他の人々に対する責任感を持っているなら、皆さんは他の人々の救援の為に、皆さん自身の生を喜んで捧げることができなければなりません。ところが、多くの祝福中心家庭は、今日、間違った統一家に染まってしまい、このような思考とは遠く隔たっています。ただ単に、私達が真の父母様から祝福を受けたからと言って、祝福中心家庭の資格を備えたということを意味しません。それは、ただ原罪という荷物を、これ以上持っていないという意味です。皆さんが祝福中心家庭として資格があるかどうか、皆さんが天一国の民として資格があるかどうかは、真の父母様と何ら関係がありません。全ては皆さんが、皆さんの生をどうやって生きたのかにかかっています。そうだと思いますか。私が作った話だと思いますか。もし、私を信じられないなら、霊界に行くときまで待ってください。祝福中心家庭の大多数が、遠からず霊界に逝かれる年齢です。

その時にどういうことが起きるでしょうか。皆さんはどうなさいますか。「私はそういうことを知らなかった」と言うのですか。お父様が全てを教えて下さいました。私は特に、日本の食口たちを非常に心配しています。彼らは、尊敬に値する絶対的な信仰を持っていますが、同時にそれが、彼らには非常に破壊的なものにもなり得るのです。もし絶対的な信仰が、未成熟な状態から出ているなら、なおさらそうです。率直に言って、今の統一家の人々は、後継構図がどうなるのかを考えています。それで愚かな論争が起こります。しかし、経済的な基盤、政治的な影響力、地上での統一家内での権威などは、外の世の中と比べると、極めて小さななものです。率直に言って、私には、愚かな人々が、何の価値もないことをめぐって争っているのが信じられません。統一家が価値を持つ唯一の理由は、神様の摂理と原理の価値ゆえです。そのように教えられてきたのに、今は全て忘れてしまっているのです。

それ(神様の摂理と原理の価値)が、統一家を優れたもの、意味あるものにしてくれました。それが私達の原動力であり勝利の根源です。ところが、この愚かな人々は、真っ先にそれを捨ててしまいました。神様は何処に行かれたのですか。もし真の父母様を神格化するなら、神様は何処に行かれたのですか。父母(神様)と子女(人間)の区分は何処に行ったのですか。人類が、神様と結ばなければならない正しい関係を、定立してくれた先例は、何処に行ったのですか。これらは、根本的な内容にかかわることであり、それを捨てることは神様に対する侮辱です。ある指導者たちが、「韓国文化と伝統下では、 …もし今回の真のお父様の聖和式に行かなければ、人々が受け入れるのは恐らく難しいのでは … 」等々と私に強要する時、私は本当に気に障りました。憤慨したと言うべきでしょう。

皆さんは、私が今までしてきたことが、この無知で愚かな人々の水準に合わせて、政治的な計算を土台に為されたと思いますか。お父様の実質的な長子としての私の責任は、何でしょうか。真の家庭の一員として、私がしなければならない責任は、真のお父様のレガシーを正しい先例として立てることです。

真のお父様が、食口たちにこのように語られたことがあります。「イエス様は、ご自身に任せられた使命を果たすことができなかったために、歴史上最も可哀想な方だ。失敗したのみならず、基督教徒なる人々が、イエス様を神様のように信奉しているので、霊界で神様の前に顔を上げることができないでおられるというのです。イエス様が、神様の真の息子として歩んで来た道を正しい目で見るなら、神様と人類の間に父子の真なる関係を定立し、神様のみ旨を地上に完成する為に生きた、という事実を正確に理解しなければなりません。」

私達は、真のお父様と真の父母様にどのようにしていますか。私達は、聖和式に本当に相応しい祭壇を築いて差し上げていますか。真のお父様が神様に会った時、真のお父様を代表すると自任する子女たちが、神様の前に不敬罪を犯しているなら、神様の目に真のお父様がどのように映りますか。皆さんが、もし私の公開書信に込められた意味を理解するなら、この点を知らなければなりません。そうでなければ真のお父様の聖和式が、途方もない後悔を残すことになるでしょう。

女性たちの中には、今の時代が男性の優秀性より、女性の優秀性が頭角を現わす時代だと考える人々がいます。毒蛇のような人々です。ある面で今は、女性が男性の上に権威を持ち、男性は女性に従わなければならない必要が生じています。しかし、上のような思考を持った人々は、真の愛を背景にする原理と、その価値体系を理解することができません。真の愛は、他人の為に生きる愛であり、対象を支配する偽りの愛ではありません。

女性の時代が意味することは、何でしょうか。真のお父様の役割は何だったでしょうか。真のお父様は、復帰されたアダムの位置に立たれました。メシアの使命が意味するのは、神様の真の息子、真の兄弟、真の夫、真の父の立場を回復し、これに相応しい先例を残すことです。復帰されたアダムが、天と地の前に、その責任分担を完成したこの時代に、復帰されたエバは、神様の真の娘、真の姉妹、真の妻、真の母の立場を完成しなければならないのです。このような期待は、人間が考案したものではなく、太初(はじめ)から存在していたものであり、期待されるところに従い、その立場ごとに、各々の責任分担があります。そのようになった時に、実体的な真の父母の立場が実質的に安着できます。

それと同じく、真の家庭の理想においても、全ての構成員たちが、5%の責任分担を持っています。そこには家族を治める法があります。それは、人によって作られたものではありません。人類が創造される以前に、立てておかれた基台があるのです。祝福中心家庭として、息子と娘として接ぎ木された皆さんに与えられた基台も同じです。

この言葉の要点は、地位の上下を問わず、人類は誰もが自分の5%の責任分担から脱することができないということです。特に、今の後天時代はさらにそうです。真の家庭内でのカインとアベルの葛藤に関して話す人々がいます。それは、無知の招いた結果であることを悟らなければなりません。真の家庭内に、カインとアベルの葛藤があるという話は、真の父母様が神様ではなく、サタンを中心として四位基台を形成したという話になります。最初のアダム家庭において、神様が二番目の息子であるアベルを通じて役事なさったのは、アダムとエバがサタンを中心として四位基台を成したからです。それ故、サタンが長子圏を主張する権利があるのです。家庭には、父親の権威を代表する3つの位置があります。それは長子権、父母権、王権です。

カインとアベルの葛藤は、事実上長子権の争いです。神様が二番目の息子であるアベルを祝福するしかなかった理由は、アダムとエバが、サタンを中心として四位基台を成したからです。堕落の経路と反対に、神様は二番目の息子を祝福し、最初の家庭の失敗を回復する摂理をしてこられました。ここで私達は、神様ご自身も、人間を創造した時に立てた法と原理を守らなければならないということを知らなければなりません。

また、神様は、血統の主人を絶対的に認められました。しかし最近見ていると、何か原理的に聞こえる良さそうな内容だと思えば、書きたいままに書き、思いのままに書いているようです。しかし、こういう状況で、誰が責任を負うのですか。真実を歪曲し、原理を自分自身の目的の為に曲解していると言うべきです。このような過ちを犯す人々は、自分たち自身を祝福中心家庭だと思っている、無知で愚かな人々です。これまで絶えず教育を受けたけれども、学び悟ることができず、絶えず導いてもらったけれども従わず、それで資格のない偽りの預言者になってしまったのです。そして彼らは、驕慢と蛮勇で満たされ、自分たちの意見と考えが、神様と人類の前にプラスになると思っています。皆さんが、本当に成熟した息子と娘なら、神様の摂理を本当に理解しているなら、原理と真の愛の価値体系を本当に理解しているなら、過去何年間にわたり、統一家で発生したようなことは起きるはずがありません。

過去3年間、私は彼らの為に祈り続けました。何故なら彼らは、自分たちが何の仕業をしているのかも分かっていないからです。皆さんは今回、米国で暴露されたことが、ほんの始まりに過ぎないと思いますか、それともこれから起ることは、これ以上悪いことではないと思いますか。これは、ほんの始まりに過ぎないのです。終局的に、統一家はずたずたに切り裂かれるでしょう。しかし皆さんは、誰も責めることができず、皆さん自分の無知を咎めなければなりません。真のお父様は、「無知には完成がない」と語り、既に皆さんに警告なさっているのです。

きているなる息子として生きていきます

 

[編集者注] : 文会長は、その結論的内容においてりの真実のは、実体的結果として撃」される説明しましたはまた、「たとえ唯一人でも摂理に一致ている限り、そのじて、人類に計り知れない祝福るだろう」確信しながら私達がその「きている拠」になることこそ、「証し」であり、「真のお父様にげることができる最高礼」である強調しました

今年の初めから、私は、お父様の生命が危険にさらされているということを感知し続けていたので、私達の側の指導者たちに、お父様にお会いしなければならないということを言っていました。教会側からは、お父様の状態がどうなのかという事実さえも、私に知らせてくれませんでしたが、私は、ある人からお父様が危篤状態だと知らされました。彼らはその頃、もう真のお父様の聖和に備えていたのです。

天は奥妙に摂理なさいます。何故なら、私は、まさにその時に、ソウルGPFの為に韓国に行っていたからです。そして私は、マリオットホテルに泊まっていましたが、真のお父様が入院していらっしゃる病院が、そのホテルのすぐ横の建物だったのです。私は先ず医師に会い、真のお父様にお会いできるようにしてくれるよう頼みしました。

教会側は、米国全域を巡回し、実に多くの非難集会を行いました。韓国でも多くの巡回を行い、全世界の多くの国々を巡回しました。そうして彼らは、私が、真のお父様から財産を盗んだサタンだと誹謗して回りました。そうしながら皆さんには、「私達は顯進様が帰って来るように祈っている」と言い、食口たちも、私が帰って来るように精誠を積んでいます。そして、お父様も私に会うことを願っているのに、私が会いに来ないと言います。皆さんは、統一家がこの話をすると、一度たりとも疑うことなく、すぐに信じてしまったことでしょう。

私は過去13年間にわたり、摂理の先鋒に立って、内外に感銘を与え、2008年には統一家を頂点に昇らせる原動力となりました。献身的に働いたのは、他でもなく、真のお父様の家庭のその息子でした。ところが、その人の生と貢献は問題にもされずに、とても迅速に、かつ政略的に、誹謗中傷されるようになったのです。皆さんは、アベルが言うと、盲人のように、馬鹿のように、そういう何の価値も無い下らない言葉を信じてしまいました。皆さんは、自分自身の生を犠牲にしてきた、真のお父様の息子よりも、皆さんのアベル的存在や、私に関して図々しい非難を繰り返す、私の兄弟姉妹の言葉の方をより信じたのです。

熱狂的な宣伝と煽動によって、彼らは全ての言論に自分たちの卓越さを宣伝する一方で、私を悪者に仕立てていったのです。真のお父様に関する言論広報でもなく、統一家に関する広報でもありません。皆さんは、私が公職に携わってきた全期間において、このような人格殺人と否定的な世論の扇動によって、やむを得ず、メディアに対応するしかなくなるまで、私がただの一度もインタビューを受けたことがないという事実を知っていますか。私は、実質的な長子として、周りの愚かな事柄に責任感を痛感し、沈黙を守っていたのです。インタビューをした理由は、統一家が、神様と神様の摂理と真のお父様の実体的なレガシーを投げ捨てたためであり、私がGPFを通じて、神様の摂理を持続していることを明らかにするためです。

皆さんは、いつも真のお父様に資金を要求していた他の指導者たちとは異なり、私が萎縮してしまった青年運動を立て直すために、自分自身の個人財産までも投入したという事実を知っていますか。私は一回もそういう事実を、米国でも日本でも、ヨーロッパでも南米でも、祝福中心家庭に宣伝したことがありません。私にはそうすることが当然だったからです。それは真の子女の責任だからです。私が本当にお金に欲深い人間なら、皆さんの子女教育に、それほど多くの資金を投資したでしょうか。

私は、お金を沢山儲けることができる人ですか。(はい、そうです)私はお金が動機になって動くと思いますか。(いいえ)皆さんは、私が願えば如何なる地位でも持てる人だと思いますか。私の行動の動機はそういったものですか。(いいえ)私は神様が、私に最も重要なことは何かを見せて下さったことに、永遠に感謝しています。それはお金ではありません。地位でもありません。権力でもありません。それは、神様が人類に下さった最も貴重な贈り物ですが、私達があまりにも疎かにしていたものです。

皆さんはそれが何だと思いますか。人類歴史において、今の時代を貴重なものにしているものは、神様の夢を実現することができる時だということです。それは神様の摂理と復帰、そして人類の実体的な救援です。それは人類の真の解放と、サタンの鎖からの完全な自由(解放)という約束を成就することです。私達自身と家族、そして私達の世代だけではなく、未来の世代にも、希望と救援を約束する偉大な贈り物です。皆さんは、それを大切にしなければなりません。それが皆さんを、祝福中心家庭、神様の摂理において中心となった家庭として規定するのです。それによって皆さんは、良心に従って進む門を開くことができ、霊的に成長し、神様と父子の成熟した関係を結ぶことによって、その関係を深遠なものにすることができるのです。

平和メッセージを訓読すると、皆さんは真の愛と神様の愛に酔った蜜蜂のようになるでしょう。目的と意味がある生き方をすれば、お父様が、ご自身の生涯においてなしてこられたように、偉大な貢献を成し遂げることができます。私達の人生で最も偉大な貢献は、それが大きいにせよ小さいにせよ、摂理にとってプラスになることです。それが私達の関心事です。それが私達に与えられた祝福の意味であり、祝福中心家庭としての私達に与えられた義務です。私の身近で従う方々の中でも、今起きていることに落胆し、真の家庭に失望した人たちもいることを知っています。私は皆さんが、そういう考えをしないように願います。

何故なら、ある人々が自分たちの責任分担を果さなかったといって、そのことが神様の摂理と原理、そして真の愛の原理の背後にある真理が偽りだということを意味してはいないからです。それが意味することは、ただ単に、人間がこの根本的な真理を実体的に実現するにおいて、自分たちの責任分担を果たすことができなかったということに過ぎません。それは、人類の実体的な救援の為の摂理が、どのように展開されるように設計されているのか、そして、かかる状況でも、私達が持つ5%の責任分担がどれほど重要なのかを見せてくれる直接的な実例なのです。

皆さんが目撃していることは全て、私が以前に語ってきたことです。彼らは、私が行うことを中断させる為に、嘘と示威、その他あらゆることを試みてきました。そして、私が恐らく1年以内に破産すると思ってきました。ところが1年が過ぎた時には、私は統一家が夢にも見ることができなかったようなことを成就しました。そして、さらにもう1年が過ぎた時には、私は彼らが想像すらできない、さらに大きなことを成就しました。そして、さらにまた1年が経ちました。統一教会の最高指導者の位置にあった人は、統一家の基盤の広がりと深さを知っています。しかし、私が世界的に持っている基盤は、統一家が以前に持っていた基盤とは比較にもならない、広がりと深さを持っています。

この聖和式は、ここで進める行事ではありません。息子として非常に残念です。しかし、神様の摂理から見ると、内的な段階において、これは何よりも大きな意味があります。たとえただ一人でも、神様の摂理に一致している限り、その人を通じて、人類に計り知れない祝福が来るでしょう。数字とは関係がありません。

皆さんは、神様が摂理の中心だということを理解しなければなりません。そういう事実と実体が存在するなら、摂理と基盤は続くでしょう。この基盤は摂理にとって、私達が生きている世の中を根本的に変化させ、拡張するように助ける資源です。しかし、私も一人の人間として、後悔がないとは言えません。私が身を寄せてきた共同体を見る時・・・私は2008年度が、統一家の絶頂期だったと言いしました。その年に全世界で、私達がどれだけ多くの GPFをしましたか。23回だったか、24だったか忘れました。

真のお父様は、2013年1月13日までに、国家を復帰すると宣言されました。統一家の歴史で、それがどれほど記念碑的な瞬間なのかを、皆さんは記憶しておかなければなりません。しかし教会では、誰も、特に指導者たちの間では、「それが可能だ」と信じる人はいませんでした。恐らく食口の皆さんは、資格のない愚かな人々よりも、信仰が純粋なので、「可能だ」と信じる人があり得たかも知れません。しかし、彼らをよく知っているので申し上げられますが、ただの一人もそれが可能だと信じませんでした。郭牧師ですら、その時までは、「我々が復帰できる国は、せいぜい人口が数万人程度の島国だろう」と思っていました。

私はいつも、統一家の問題は、外部世界にあるのではないと言ってきました。統一家の問題は、この内部に、特に私達の指導者たちにあるのです。しかし、もっと根本的な問題は、私達が霊的な運動ではなく、ただの教会になってしまっているということです。これはかなり単純な話ですが、皆さんは何かを信じなければ、努力も傾けず、それを実現する為に資源も投入しないでしょう。日本の食口たちは、何故、国際的な活動の為に、かくも多くの献金をしているのですか。彼らはこの献金が、神様の摂理の為に使われると信じているからです。食口たちが、真心から献金しているということは、疑問の余地がありません。しかし、その献金を活用する権限を持っている指導者たちは、そう信じていませんでした。

2008年を記念碑的な絶頂の日と見るのは、統一教会の指導者たちが、初めて国家復帰が可能だという考えをするようになったからです。ある傲慢な愚か者は、国家復帰の可能性を示した2008年度のGPFの成功が、自分たちのお陰だと考えました。どれだけ笑止千万な考えでしょうか。神様の前に、これほどまでに傲慢なことがあるでしょうか。彼らがしたことは何もありません。それは全て、神様がなさったことであり、私達が生きている時代的な恩恵だったのです。そして私達は、そういう祝福が実を結ぶように条件を立てただけなのです。私達が生きているこの時代は、蕩減を通じて復帰時代に撤かれた、お父様の努力と苦労の結実を刈り入れる時期です。

モンゴルでGPFを挙行した時のことを思い出します。その席に、韓国人指導者たちが全て参加しましたが、彼らがどういう考えを持っているのかよく知っていたので、私は今がどういう時代なのかを説明してあげました。私達は、蕩減復帰の時代に、辛く苦しい酷寒の迫害を受けてきました。今は春の収獲を収める時です。私達は統一家の為に、天が準備した計り知れない祝福を収穫することができます。しかし皆さんが収穫する畑を持っていると言って、全てが市場で売ることができる作物になるという意味ではありません。どのように収獲するかも重要です。ただ行って収穫すればいいのではありません。首尾よく収穫できないと、市場価値がなくなる恐れもあります。皆さんが全て台無しにしてしまい、皆さんの苦労が無為に帰してしまうこともあり得ます。

今は皆さんが、この祝福を適切に収穫する為の真の主人意識を持たなければならない深刻な時です。当時は、マヌエル・フェレイラ司教のような大物たちが、統一家と交流し始めた時期でした。ブラジルの指導者らは皆一様に、「私がフェレイラ司教を伝道した」と言いました。フェレイラ司教を自分で訪ねて行って、何故統一家と交流をするようになったのか訊いてみて下さい。米国で大型教会を巡回する時に、シューラー牧師にお会いしました。皆さんはシューラー牧師自身に、何故統一家と交流するようになったのか訊いてみて下さい。彼らのお陰ですか。どれほど哀れで愚かな人々でしょうか。

その彼らが、私と私に従う人々を全て追い出そうとして、却って私を泥棒だと言っています。彼らが何を計画し共謀したのか、全ての詳細な事柄は指摘しません。しかし彼らが、どう考えているかは充分によく知っています。

外部の指導者たちが、真のお父様の聖和に関するニュースを聞いて、私に送ってきた手紙の内容を読んでみて下さい。大部分の内容は、「あなたのお父様が、どれほど偉大な方かは知っていますが、その方を理解することができませんでした。しかし、あなたのような息子を育てたとすれば、あなたのお父様は立派な方です」というものでした。たとえ世の中の人々が、真のお父様を理解することができないとしても、真のお父様が持っておられた価値と夢と熱意の生きている証となる息子の生き方は、真のお父様に対する最高の証となるのです。

長男であり長兄として、私が皆さんに願うのは、皆さんの生き方が父母様の偉大さを現わす真の証し人になってもらいたいということです。最大の貢献は、神様の摂理に一致した人を通じて、神様の摂理に一致することです。皆さんの家庭の光が、栄光と栄誉、そして尊厳をもって明るく光を放ち、全人類が栄光と尊敬を受けることが私の願いです。

この地上で、息子がお父様に捧げることができる最高の礼は、お父様の生涯を正しく照らし出して差し上げることであり、同時に、思い残すことなく、お父様を霊界に逝かせて差し上げることです。真のお父様が主唱された内容と、真のお父様が一生を捧げて実現しようとされた全てのことが、息子である私と私の家庭を通じて実現されることをお約束します。接ぎ木を受けた息子、娘である皆さんが、真のお父様に捧げることができる最高の礼は、真の息子と真の娘になるという誓いです。ですから、お父様の人生を感動させたその夢を抱いて、皆さんを通して、真のお父様のレガシーが受け継がれるように決意しましょう。

 

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