RSS

10.米国教会は崩壊寸

「仁進はその立場から降りなければならない」
ラビングライフ·ミニストリにまつわる話[1]

 

(下の文に出てくる食口の名前は、個人のプライバシー保護のため仮名を使用)
米国教会が崩壊寸前だ。仁進様の下を去った中心幹部の一人は「仁進はその立場から降りなければならない。食口にはしてはならないことをあまりにも多く行い、牧師としての資格のない人である」と述べた。仁進様は3ヶ月もの間姿を見せず、中心幹部が相次いで去って行っている。いったい米国教会に何が起こっているのか。米国教会の状況について、比較的詳しく知っているアメリカ人食口のA氏が語った内容は、あまりにも深刻だった。もしこれが事実なら、世界宣教本部は、すぐに真の父母様に報告し、措置を取るべきだ。そして仁進様と夫の珍成氏は、これ以上恥をかく前に、すぐに辞退しなければならない。

仁進のオプンリレションシップ(Open Relationship[2]

A氏は、昨年3月ごろ辞職したソロス(仮名)の話から切り出した。彼は、仁進様がラビングライフ牧会(Loving Life Ministry)の音楽指揮者として直接スカウトした人物だった。ソロス氏は指揮者として活動しながら、仁進様と夫の珍成氏の偽善的な、様々な姿を近くで目撃し、かなり悩んだ。結局、彼は自分の良心の呵責を感じ、辞職することとなり「仁進様は、食口の前に牧師としての資格がない人なので、その立場から降りなければならない」と主張した。彼は「仁進様は、食口にしてはならないことをあまりにも多くした」という。ソロス氏が打ち明けた一例は、あまりにも衝撃的だ。彼は、仁進様の音楽バンドに共にいたローレンス(仮名)の悲劇的な話を聞かせてくれた。ローレンスは、ギターの奏者であり、歌を担当したボーカリストでもあった。彼が仁進様のバンドに入ってから、仁進様とあまりにも密接に過ごしているという話を話し始めた。ローレンスは祝福家庭だった。彼は家族と共に過ごそうと、婦人と子供をニューヨーカーホテルに引っ越しさせた。ところが仁進様は、ローレンスが彼の家族と共に時間を過ごすことを好ましく思わなかった。「ローレンスの妻が夫の公務に協助していない」と強調した。一度は、ローレンスに「妻が夫の仕事の協力をしないのに、一緒にいる必要があるのか​​」という話までした。結局、婦人と子供はローレンスを一人残して、ニューヨーカーホテルを出て行くことになった。ローレンス夫妻は、仁進様の問題で関係が悪化し、離婚することになった。ローレンスは、仁進様との関係が法廷で浮き彫りになることを気にしたのか、離婚法廷に姿を現さなかった。

ローレンスに関する話が浮いた噂ではないという決定的な証言は、彼の妻であるペリサ(仮名)によるものだった。彼女はフランス人だった。ある日、そっとA氏に連絡をし、手紙を送ってきた。手紙には、語ることのできない多くの内容が、素直に表現されていた。すべてのことを自暴自棄になった心情で書いたようだった。彼女は、自分の家庭を破綻させた責任を、仁進様に向けた。ペリサには夫のいるニューヨーカーホテルに引越した時まで、仁進様の牧会を助けるという公的な基準が残っていた。しかしペリサは、仁進様の私生活について多くのことを知ることとなり、真の家庭への憧れは崩れてしまっていた。仁進様は、とても非原理的にお金を使用し、ニューヨーカーで仁進様の隣の部屋を使っていたローレンスは、仁進様の部屋で夜を明かすこともあった。ペリサは、仁進様がローレンスに送った電子メールを何通か見る機会があったが、それは牧師が信者に対して使う言葉ではなかったという。ペリサは、二人の仲がとても近く、度を越えていると思った。一度は仁進様が説教で、一人の女性に対して「あまりにも利己的だ」と言いながら、感情的な非難をしたことがあったが、A氏に送った別の手紙で、仁進様が攻撃している対象がまさに自分であると語った。

仁進様は、数年前にもこのような非難の対象となったことがあった。その時も、音楽をしているある6000家庭と関係があった。婦人が韓国人であり、ニューヨークのイーストガーデンの近くに住んでいる食口に「仁進様が自分の夫と非常に近い」と心的苦痛を訴えたことがあった。結局、彼らはこの問題で夫婦仲が悪くなり、離婚することになった。仁進様が2008年に、米国総会長に就任した後も、噂が絶えることはなく、この問題について公式に言及したことがあった。仁進様は「音楽の作業のため、その男性と共に仕事をしたのは事実だが、それ以上の関係はなく、彼の妻の嫉妬心によるものだ」と釈明した。ローレンスの問題は、連鎖的なチームの離脱を引き起こした。ピアノを弾きながら歌を歌う白人男性クリストファー(仮名)も辞め、COL出身でクリストファーと共に歌を歌ったサンディ(仮名)もチームを去った。特にサンディは、周りの2世達に「仁進様の偽善的な行動に大変失望したのでチームを去ることにした」と述べた。

滅茶苦茶になってしまった米国教会

過去約4年間、米国教会は、見た目には華麗なようだが、中身は滅茶苦茶になって行った。仁進様夫婦の不適切な行動と独善的な教会運営が、教会を滅茶苦茶にしたといっても過言ではない。誰一人、この二人のリーダーシップに対してブレーキをかける者がいなかった。仁進様は、毎週、栄養価のない説教をしつこく行い、自分の家族の話を繰り返しした。仁進様の説教と礼拝に参加した人は「核心に欠けている」と言った。まるであんこのない饅頭のように、神様のみ旨と摂理が抜けていて、米国統一運動が目指すべき明確なビジョンがなく、派手な音楽で包装されているというのだ。礼拝を主催して21週が経つと、全国の教会に、録画された礼拝のビデオが送られ、21週に渡って毎週ビデオ礼拝をさせた。真っ暗な空間で、司会者となった教会長の進行に合わせて、季節外れのビデオを見て礼拝をするので、恵みがあるはずがない。このようなことは、宗教史でも類に見られないものであり、真のお父様さえもこのような指示をされたことがない。時間が経つにつれて、あちこちで食口が半分に減ったという声が聞こえ、マンハッタン本部教会も、近くの教会を無理に合併して1300人で出発したが、800人まで減ったという。
仁進様は、表向きはいいお姉さんであったが、裏ではヒステリーに近いほど弟である顯進様を警戒した。最も大きな被害は、米国カープと2世圏に現れた。 2世を対象に始められたボールルームダンスは、これを指導している日本人の指導者でさえ後悔するほど、完全に失敗したプログラムである。 STFは、2世に統一家の伝統的信仰とみ旨について信念と確信を与えるプログラムから、大学入試を準備するプログラムへと変わった。キャンパスで苦労して基盤を築いてきたカープは、完全に崩れ落ちた。仁進様が行った事とは、カープから顯進様の臭いを消してしまうものでしかなかった。最初、仁進様が就任した時、スピア(仮名)やスヴェタ(仮名)のようなカープ出身の2世の指導者たちは、同じ女性の立場から仁進様を助けようとした。ところが、仁進様は、言う事と実際の行動があまりにも違い、文化が大きく異なることを悟って辞めてしまった。彼らが最も衝撃を受けたのは、仁進様が、カープの会長であったケンシュ青木を「あまりにも顯進様の臭いがする」として突き放した事だった。彼らは、ケンシュが最初から、仁進様に心から仕えようとしたことをよく知っていた。しかし、毎回、ケンシュがカープに対する報告書を出しても仁進様は読まず、会議のたびに10年前の記憶を思い浮かばせ、カープに対して冷笑的な発言を続けた。仁進様は「カープは人を伝道して、無条件に40日修練会に参加させ、路上で万物復帰をさせて、親との問題を引き起こしてきた」と非難した。仁進様は、10年以上教会を離れていたので、過去の記憶しかなく、顯進様の下でカープがどのように変わったのかを知らずにいた。ところが、ケンシュが正常な学生組織として定着しつつあるカープの状況を報告しようとしても、仁進様はそれに関する報告書さえ読まなかった。仁進様は、ケンシュを追い出す過程においても、指導者にふさわしくない態度を見せた。ケンシュが婦人と幼い子供を連れてカープの学生集会に参加したが、仁進様はケンシュをサタンと審判しながら外に追い出した。仁進様は代わりに白人女性であるベルナンデス(仮名)をカープ会長に立たせ「お父様に報告したら喜ばれた」と嘘までついた。ベルナンデスは顔マダムだった。最近、彼女は閑職に押されていた。自分が仲間はずれにされている事が分かると辞職した。ベルナンデスの後を継いだ人は、アストリア(仮名)であるが、ボールルームダンスで1等をとったと知られている。

教会をこの有り様にした一等功臣は、朴珍成氏である。彼は「教会の仕事に携わるな」というお父様の指示を公然と無視した。真のお母様と仁進様、國進様、亨進様等が協助しなければ絶対に不可能なことだった。彼は今でも毎日、本部での会議を主管しており、頻繁に現場の巡回をして指導者を個別面談して派を分けた。彼はさらに2009年2月23日、仁進様と顯進様との会話の内容を歪曲した対話録を密かに広めながら、顯進様を非難してきた。そして1年後、ケンシュ青木に対話録を押し付けながら、仁進様か顯進様かのどちらかを選択するように強要したことが明らかになった。そして再び数年後、誰かがこの資料を、郭珍滿ノートとしてパイオニアカープカフェにアップし、またしても人々に衝撃を与えた。珍成氏は、最初は「顯進様をサタンである」としたが、いつの頃からか、色彩を変えて奇妙な論理を作成し、現場の食口を呆れさせた。朴珍成氏は、韓国で行われている訴訟についても呆れた話をした。彼は「韓国の汝矣島訴訟は勝つ見込みはないが、國進様がお父様に報告をされた時、お父様は『歴史の記録に残すためにも(訴訟を)行わなければならない』とみ言を下されたので、國進様が訴訟をしているのだ」と説明した。最初は、勝つと自信を持って大々的に宣伝したにもかかわらず、負けそうになると、お父様にすべての責任を押し付けて、食口の非難を避けるための作業を前もってしているのだ。

珍成氏は、ともすれば電話口に大声で、横に誰かいるのか疑った口調で問うなど、傍若無人だった。善意で、給料も貰わず奉仕していたある2世の姉妹は、このような電話を何度か受けた後、教会との関係を完全に整理してしまった。辞めた2世は「彼は狂っている」とまで言った。彼には、かつて、麻薬問題まであったことが明らかになった。 2008年8月31日付のニューヨークポストの記事に、米国のバイデン副大統領の息子に関する記事が出たが、この記事に珍成氏の名前もあった。内容は非常に不快なものだった。朴珍成氏に麻薬問題がある(Park had a drug problem)と言うのだ。彼は「違法薬物を定期的に扱い(used illegal substances on a regular basis)フロリダでリハビリ治療を受けた」という主張も提起された。

彼は、お金に対してもきれいではなかった。金孝律と朱東文が、顯進様が700万ドルを盗んだという虚偽報告をお父様にしなければ、おそらく彼の醜い姿は明らかにされなかっただろう。この事件は、顯進様の誤解を晴らすための過程で、珍成氏に火の粉が飛んだのだ。なぜなら、彼は2007年頃、事業に失敗した時、500万ドルという大金の支援を受けたという事実が明らかになった。この500万ドルは、融資という形で契約が締結されていた。しかし、珍成氏は、この資金を返済するつもりが全くなく、自分にただ与えられたものと考えていた。顯進様が700万ドルを盗んだ泥棒と誤解される状況の中にあっても、彼は、自分から事実を明らかにしようとはしなかった。結局その500万ドルをどのように使用したかについて珍成氏は、法的追及を受けることとなった。その時になって珍成氏は、せっぱ詰まって、一切口にしないと言いながら、なぜか今になってそんな話を持ち出してきて収拾しようとしたが、すでに時は遅かった。珍成氏は、法廷に長文の手紙を提出した。彼はこの手紙の中で「支援を受けた資金は、家族の間で私的にやりとりしたものなので、返済する必要もないだろう」と主張しており、さらに80万ドル程度が残っているが「これはむしろ感謝すべきだ」と釈明した。裁判所は、珍成氏の手紙を棄却し、彼の口座は凍結された。珍成氏が420万ドルを数年の間にどのようにして使い果たしたのか、今後、法廷で調査が行われるものであり、これが公開されれば、なぜお父様が「珍成は教会の仕事に関わるな」と何度も言われたのか、ひしひしと分かるようになるだろう。もちろん、珍成氏が教会のすべてを食い物にした後のことだろうが。

皮肉なのは、裁判所が珍成氏の口座を凍結した翌日から、米国教会では、顯進様の批判ツアーが開始された。 2010年1月11日頃の事である。どれほど突然に指示が出されたのか、このツアーを実施する指導者の間では、口あわせもまともにできていなかった。ジョシュアコッター副協会長は「このツアーは、仁進様ではなくお父様の支持である」としたが、公文書には仁進様の指示として発表された。この頃、仁進様は指導者会議で、顯進様をサタンであると猛非難し始めた。そして2010年2月5日、國進様、亨進様、仁進様は、米国家庭連合理事会を招集し、顯進様を正式に理事会から除名してしまった。

米国教会内で、仁進様と珍成氏の関係をよく知っている人の中には、二人の関係をオープンリレーションシップ(open relationship)と言う人がいる。これはアメリカの表現であるが、正式には夫婦であるが、実際には、それぞれ異なる人と会ってもかまわないという意味である。

昨年、 朴珍成氏は全国を回って「真の家庭には天使長復帰のための3段階の摂理過程がある」という不合理な説明を展開した。彼の主張によると「最初の復帰は洪氏家庭」であるが、何を根拠とするのか分からないが「譽進様が勝利した」としており「2番目の復帰は朴氏家庭」で「仁進様と興進様が勝利した」としている。仁進様は「朴普熙氏を遠くして特別扱いをせず、お父様のみを絶対的に信じ、摂理に従って、勝利したモデルとなった」と宣伝した。「三番目の復帰は郭氏家庭」で「現在、顯進様が難しい道を歩んでいるので、勝利できるように祈らなければならない」と述べた。み旨と原理とは関係のない質の悪い強引な論理*[3]に、食口が影響を受けることはないとは思うが、このような類の講義をして回っているにもかかわらず、真の家庭に入ったという特権だけを持って、大手を振って歩く朴珍成氏を誰も止めることができないのが、今日の教会の現実である。


[1] 韓国カープカフェに2012年5月19日掲載された匿名の文章

[2] アメリカの教会内に仁進様と珍成氏の関係をよく知っている人の中には、二人の関係がオープンリレーションシップ(open relationship)と見る人々がいる。これはアメリカ式の表現であるが、正式には夫婦としての関係だが、実際にはそれぞれ他の人に会ってもかまわないという意味である。

[3] 朴珍成氏は、昨年全国を回って、真の家庭には、天使長復帰のための3段階の摂理過程があるというとんでもない説明を展開した。彼の主張によると、最初の復帰は洪氏家庭であるが、何を根拠としているのか分からないが、誉進様が勝利したとしており、2番目の復帰は朴氏家庭で仁進様と興進様が勝利したとしている。仁進様は朴普煕氏を遠ざけて特別扱いをせず、お父様のみを絶対的に信じて摂理に従い、勝利したモデルになったと宣伝した。三番目の復帰は郭氏家庭であるが、現在、顕進様が難しい道を行っているので、必ず勝利できるように祈らなければならないと述べた。み旨と原理と関係のないくだらない無理やりな論理に食口が影響を受けるわけはないであろうが、このような類の講義をしているにも関わらず、真の家庭に入った特権だけで大手を振って歩いている朴珍成氏を誰も制止できないのが、今日の教会の現実である。

 

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

 
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。